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役者の夢破れ、ひきこもった57歳長男 親亡き後、無収入の恐怖を逃れるために

年金は65歳から支給されるのが一般的ですが、それまでに収入が途絶えてしまった場合、どうすればいいのでしょうか。

親亡き後の暮らしは?
親亡き後の暮らしは?

 相談者の男性(長男)は20代の頃、役者になる夢を見ながら、アルバイトで生計を立てていました。しかし、30代で夢破れ、その後は定職につくこともなく、実家でひきこもり状態に。頼れる収入は65歳から支給される老齢年金(老齢基礎年金)のみです。「もし、自分が65歳になる前に両親が亡くなってしまったら?」と、親亡き後、無収入になることを恐れた長男は、高齢の母親と一緒に筆者のもとへ相談に訪れました。

いら立ちを隠せない長男

 長男は不安を口にしました。

「自分は国民年金にしか加入してこなかったので、年金(老齢基礎年金)は65歳からもらうことになりますよね? もし、自分が65歳になる前に親が死んでしまったら、その間は無収入になってしまいます。それがものすごく怖いんです…」

「なるほど。それは心配ですよね…」

 筆者はまず、家族構成を確認しました。

【家族構成】
父親 86歳
母親 84歳
長男 57歳
長女 60歳 既婚、父親家族とは別居

「ご両親亡き後、ご長女から資金援助をしてもらうのはやっぱり厳しいですかね?」

 筆者が念のためこう聞いたところ、母親は困惑の表情を浮かべました。

「長女からは『お金の援助は難しい』と言われています。そのため、長男のためにお金を別に取り分けてあります。といっても、700万円くらいなのですが…」

「なるほど。そうすると、そのお金を取り崩して生活をしていくという見通しが立てられそうですね」

 すると、長男はいら立ちを隠せない様子で言いました。

「無収入状態で貯蓄を取り崩していったら、あっという間になくなってしまいます。そんなこと怖くてとてもできませんよ!」

 長男が急に感情的になったので、筆者は驚きました。長男も怒鳴ったことを後悔したのか、口をつぐみ、気まずい沈黙が続きました。

年金繰り上げ受給を検討

年金の受取額
年金の受取額

 沈黙を破ったのは母親でした。

「確か、年金は早めに受け取ることもできますよね? それってどうなんでしょうか?」

「繰り上げ受給のことですね。原則、老齢基礎年金は65歳から受け取ることになりますが、本人が希望すれば、60歳から65歳になるまでの間に受けることもできます」

 それを聞いた長男は興味を持ったのか、身を乗り出しました。

「もし、繰り上げ受給をしたらどうなるんでしょうか? 何とかなりそうですか?」

 筆者はしばらく考えた後、こう言いました。

「そうですね…ご長男のお金の見通しをシミュレーションするのには時間がかかります。ですので、この場では繰り上げ受給についてのみ試算してみることにしましょう。それでもいいですか?」

 この提案に親子は同意しました。

 繰り上げ受給の金額を試算するためには、まずは長男の年金加入歴を把握しなければなりません。長男と母親から聞き取りをしたところ、次のようなことが分かりました。

 長男は20代の頃、役者になる夢を抱き、アルバイトをしながら、日々稽古に明け暮れていました。当時のアルバイト収入では国民年金保険料はとても支払えず、未納状態のまま。しかし、そのような生活は長くは続かず、夢破れた長男は実家に戻ってきました。

 母親は当時を振り返り、こう言いました。

「実家に戻ってきたとき、長男はもう30歳過ぎ。それなのに仕事もせずにお酒に溺れてしまって…親子げんかは絶えませんでした。時には暴力沙汰になることも。当時は本当に地獄でした…」

 そんな状態にあっても、親は長男の国民年金保険料を支払い続けてきたそうです。現在、50代になった長男はお酒も断ち、一日のほとんどを家の中で静かに過ごしているとのこと。

 それを聞いた筆者は驚きを隠せず、長男に尋ねました。

「よく、お酒をやめることができましたね。何がきっかけだったんですか?」

「実は体調を崩してしまって…うつ病っぽくなってしまい、さすがに自分でもこれはおかしいと思って病院に行きました。そこで向精神薬を処方されたので、そこから、お酒はやめようと決意したんです。案外やめられるもんなんですね。自分でもびっくりです」

 少し話はそれましたが、以上のことを踏まえ、筆者は繰り上げ受給の大まかな試算をしました。

繰り上げ受給の注意点

年金の受取総額比較
年金の受取総額比較

 筆者は繰り上げの注意点もいくつか説明しました。「減額率は月当たり0.5%。60歳繰り上げ受給だと30%減額」「減額は一生涯続く」「障害の程度が重くなっても、障害基礎年金を受け取ることはできない」などです。

 親子が金額の表を食い入るように見ている間、筆者はざっくりしたグラフも描き、2つの直線が交わるところを指さしました。

「グラフから、年金の受取額は76歳9カ月で逆転しています。つまり、ご長男が76歳9カ月よりも前に亡くなってしまうようでしたら、60歳繰り上げ受給の方が結果的に年金は多くもらえていたということです」

 それに対し、長男は不満げな様子で言いました。

「自分が何歳まで生きられるかなんて分かりませんよね? 結局、60歳で繰り上げをするのか、65歳からもらうのか、どっちにしたらいいんですか?」

「そうですね。ご長男が何歳で亡くなるのかは誰にも分かりません。こう考えてみてはどうでしょうか?」

 筆者はさらに事例を出して説明しました。

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浜田裕也(はまだ・ゆうや)

社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー

2011年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本「第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え」を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことから、社会貢献の一環としてひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりの子どもを持つ家族の相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として、利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりの子どもに限らず、障がいのある子ども、ニートやフリーターの子どもを持つ家庭の生活設計の相談を受ける「働けない子どものお金を考える会」メンバーでもある。

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