地方自治に求められるのは「情熱」か「冷静な判断力」か
近年、名門企業や政治家の不祥事が相次いでおり、その責任感の欠如が話題になっています。1998年2月~2011年3月に神奈川県開成町長を務めた筆者がリーダーシップと真の地方自治について語ります。
政治学の泰斗、マックス・ウェーバーは名著「職業としての政治」の中で、政治家の条件として、燃えるような情熱と冷静な判断力を挙げています。では、情熱と判断力、どちらが街づくりの現場で優先されるのでしょうか。それは、情熱です。精神論と馬鹿にすることはできません。首長の熱い情熱こそが立ちはだかる壁を乗り越えるのです。
無借金で歴史的な古民家を再生
私が体験した実例を1つ挙げます。それは、「古民家再生」のドラマです。私が町長を務めた神奈川県開成町は、富士山や箱根山、丹沢山を源流とする酒匂川が形成した中北部平野部に位置します。中世まで河川は自由に流れ、氾らんを繰り返していたこともあり、歴史的遺跡というものがありません。
現在でも地名に、「島」とか「沢」といった名称が多く残っています。6.55平方キロメートルの豆粒のような街の、やや小高い地域に「金井島(かないしま)」という地域があります。ここに300年続いた古民家がありました。1707年の富士山の噴火で、地域一帯が壊滅的な打撃を受けた後に建てられたと言われており、相当に傷み、ほぼ朽ちかけていました。しかし敷地が1800坪もあり、住居として活用されている古民家としては、全国的にも貴重な建物だったのです。
古民家は、復興の苦難の歴史を刻み込んでいました。当主は亡くなり、ご夫人が一人で住んでいましたが、私は何度も足を運び、「町としても、一族の皆様に古民家を保存していただきたい」と熱く繰り返し伝えました。回答があったのはミレニアムの年。土地と建物を全て寄付するというものでした。残る最大の障害は、古民家再生の資金をどうねん出するかです。その当時、補修費は4億4000万円と見積もられていました。
巨大なかやぶき屋根だったので、職人と材料の確保に費用がかさみます。敷地の中には、「千俵蔵」と呼ばれる、漆喰(しっくい)の白壁で覆われた土蔵があり、こちらの補修にもお金がかかることが分かりました。その金額はなんと、開成町の一般会計予算の1割にあたるとのこと。小さな町では手に負えません。当時の神奈川県知事に誠心誠意頼み込みました。情熱だけが説得材料でした。
その結果、県知事が動いてくれ、国と神奈川県からの補助金で費用の60%を賄うことができました。残りは町が5年計画でねん出することになり、財源問題は決着しました。借金無しで歴史的建造物を再生することができたのです。町制施行50周年の2005年5月、古民家は再生し、誰もが使える文化財として蘇りました。
コメント