“51歳ひきこもり長男”が自閉スペクトラム症と判明 兆候に気づきながらも、少し変わった子と放置した母の“悔恨”
ひきこもりの人に医療機関の受診を勧める理由について、社労士が解説します。

筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気や障害で就労が困難なひきこもりの人などを対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。
浜田さんによると、子どもが長年ひきこもっていても、本人も親も「ひきこもっているのは本人の性格だから仕方がない」という認識で、医療機関を受診したことがまったくないというケースがあるということです。
もちろん、すべてのひきこもりの人に何かしらの障害があるわけではないといいますが、ひきこもりの状況が改善しないのであれば、障害の有無を診断してもらうために、受診を検討するよう勧めています。浜田さんが、ひきこもりの息子がいる母親をモデルに解説します。
父親が亡くなっても焦るそぶりすら見せない長男
東京都在住の51歳の中島陽太さん(仮名)は、20代の頃からひきこもりのような生活を続けてきました。1年前に父親を亡くした後は、高齢の母親(82)と2人で暮らしています。
中島さんは無職なので、親子2人の生活費は母親の公的年金だけが頼りです。父親が死亡しても中島さんは焦りを感じるそぶりも見せず、生活のために仕事を探そうとすることもしていません。
「さすがに何かおかしい」
そう感じた母親は、私に相談をしました。
母親が抱いた違和感とは何なのか。それを明らかにするために、私は中島さんの状況を伺いました。
中島さんは小さい頃から食べ物の好き嫌いが激しく、母親はとても苦労したそうです。性格は大人しく、友達とみんなで遊ぶよりも一人遊びを好んでいました。コミュニケーションが苦手で自己主張もあまりしないため、学生時代はクラスメートにからかわれてしまうこともあったそうです。勉強が苦手で成績はあまり良くありませんでしたが、その一方で興味を示した分野には異様なこだわりを見せました。
例えば世界中の国旗を覚えたり、高校野球の選手や監督の情報をノートにびっしりと書いたりしていたそうです。しかし、その知識が学校の勉強や日常生活に生かされることはありませんでした。
中島さんが高校卒業を間近に控えたある日。両親は「この子には何か手に職をつけさせた方がよい」と考え、大学ではなく専門学校に進むようにアドバイスをしました。そのことについて、中島さんは特に否定もしなかったので、映像関係の専門学校に通うことになりました。
専門学校では数人でチームを組んで課題に取り組むことが多かったのですが、中島さんはチームの輪の中に入れず、おろおろするばかり。学校で出される課題は難しいものも多く、そのほとんどを母親に手伝ってもらっていたそうです。次第に学校の授業についていけなくなり、1年もたたずに退学してしまいました。
退学後はコンビニや飲食店のアルバイトをすることもありましたが、仕事を覚えることがなかなかできず、いつも上司から叱られていました。また、コミュニケーションも苦手なので、職場内で助けを求めることもできず、無力感や孤立感からいずれのアルバイトも長続きしませんでした。
心に大きな傷を負った中島さんは、20代の終わりごろから仕事を一切することもせず、一日のほとんどを家の中で過ごすようになっていったそうです。
ある日、仕事をしない中島さんに腹を立てた父親と大げんかしたことがきっかけで、中島さんは自室からほとんど出てこない生活をするようになってしまいました。1年前に父親が亡くなった後も、自室にこもる生活から変化はありませんでした。
母親から聞き取りをした限りでは、中島さんはこだわりが強く、コミュニケーションも苦手なようなので、発達障害の一つである「自閉スペクトラム症」の可能性があるように思われました。
そこで、私は母親に次のような質問をしてみました。
「息子さんは今までに精神科や心療内科を受診して、何かしらの診断を受けたことはなかったのでしょうか」
「はい、まったくありません。親としては『少し変わった子』という認識はありましたが『それは本人の性格によるものだろう』と思っていたので、病院を受診させるといったことは考えもしませんでした。やはり長男は何かの障害があるのでしょうか」
「それは今のところ何とも言えません。まずは病院で発達障害の検査を受けてみることも検討してみてください。その検査結果を踏まえ、今後の対策を考えてみましょう」
私はそう提案してみました。
コメント