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健常児と交流させたい…“自閉症児”と母、小学校へ 「なんで話せないの?」の問いに感じた、子どもたちの“成長”

子どもたちも成長している…幼稚園時代との違い

 息子の小学校での交流の後、私はいろいろなことを考えました。特に強く思ったのは、幼稚園児と小学2年生とでは、息子の障害に対する反応が大きく異なることです。

 幼稚園時代も、息子の周囲にいる子どもたちは、息子のことを受け入れ、温かく接し、仲良くしてくれました。

 しかし、まだ周囲の子どもたちも幼かったゆえに、息子の「障害」や「話せないこと」には深く言及せず、特に意識もしていないようだった気がします。それは、まだ幼少期で、健常の子どもたちも言葉がたどたどしかったこと、幼さゆえの無邪気さで、そんなことは友達になる上で心底どちらでもいいと思っていたのかもしれません。

 息子の障害についてあまり疑問を持たず、「そういうもの」として受け入れていたのかもしれません。

 しかし、小学生になると少し違いました。みんな優しく親切で、歓迎してくれたことは変わりないのですが、いろいろなことが分かってきた分、息子の状態について「なぜ? どうして?」という素朴な疑問を持つようになっていました。

 昔から知っている存在ではなく、この時点で初めて出会った存在だからなおさらです。ただ、これは遠巻きにするのではなく、興味や親しみを持って近づいてきてくれる、一歩中に踏み込もうとするからこその疑問だとも思うので、ありがたくもありました。

 息子はゆっくりですが、成長しているとはいえ、知的障害があるがゆえに、精神発達年齢は小学校入学時点でまだ2歳にも満たない程度です。

 年齢が上がるにつれ、普通の子どもたちとの精神的な成熟度の差が開いていっているのだなということに、私は改めて気付かされました。

 これは、悲観的に思うというよりは、学びに近い感覚です。

 どうしても母として、息子基準で考えてしまいがちな私は、周囲の同年齢の子どもたちがどの立ち位置にいて、どういう反応をして、それに対してどう答えていったらいいのか、定期的に触れ合って母としてもアップデートしていく必要があると感じたのです。

副籍制度の意義とは? 障害がある子どもの交流の形

 副籍制度のような、特別支援学校に通う子どもが地域の小学校と交流する制度は、恐らく他の自治体にもあると思います。子どもの進路に特別支援学校を選んだ親の立場からしてみれば、地域の人たちに子どもの存在を知ってほしい、健常の子どもたちとも交流させてみたいと思う一方、怖さもあるのが正直なところです。

 しかし、「えいやっ!」と勇気を出して普通の学校にも顔を出してみると、多くの学びがあり、心がほっこりする経験もすることができました。

 息子が副籍を持った小学校のクラスの担任の先生は、こうおっしゃっていました。

「副籍制度は、障害について理解してもらう場というわけではない」

 副籍制度の意義は、人によっていろいろな考え方があると思いますが、この先生は、「障害がある子」としての息子を知ってもらうのではなく、「みんなと同じ地域に住んでいる同じ年齢の子ども」としての息子の存在を知ってもらうというスタンスなのだと思います。

「障害」について知ってもらうことも大切なことですが、それだとハードルが高く、特に幼い子どもにとっては難しいことも多いでしょう。

 まずは「同じ地域に住んでいる同じ年齢の子ども」という認識で、障害がある子もその存在を知ってもらえるように、副籍制度のような制度がもっと広がっていくといいなと思います。

(ライター、イラストレーター べっこうあめアマミ)

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べっこうあめアマミ(べっこうあめあまみ)

ライター、イラストレーター

知的障害を伴う自閉症の息子と「きょうだい児」の娘を育てながら、ライター、電子書籍作家として活動。「ママがしんどくて無理をして、子どもが幸せになれるわけがない」という信念のもと、「障害のある子ども」ではなく「障害児のママ」に軸足をおいた発信をツイッター(https://twitter.com/ariorihaberi_im)などの各種SNSで続けている。障害児育児をテーマにした複数の電子書籍を出版し、Amazonランキング1位を獲得するなど多くの障害児家族に読まれている(https://www.amazon.co.jp/dp/B09BRGSY7M/)。「べっこうあめアマミ」というペンネームは、障害という重くなりがちなテーマについて、多くの人に気軽に触れてもらいたいと願い、夫と相談して、あえて軽めの言葉を選んで付けた。

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