迷子になった自閉症の息子が「永遠に見つからなければいいのに」 “障害児は天使”と励まされる親の苦しみ
障害児は「秀でた才能を生かさなきゃいけない」のか
さらに、中には「障害も個性の一つだよね」と励ます人もいます。そもそも障害は生まれもったものであり、染色体異常や脳の機能障害といったことが原因です。性格や個性というものは障害の上に、育った家庭環境や幼稚園、保育園、学校環境、友人関係などが複雑に影響してつくられていきます。
私の周りには、素直なダウン症児も、自閉傾向が強いダウン症児も、いじわるなダウン症児もいます。障害が同じであっても、性格や個性はその子によってさまざまなのです。
同じように「秘めた才能があるから、そこを伸ばしてみたら?」も、よく言われる言葉です。言葉をかけた人は勇気づけようと、よかれと思って言っていると思うのですが、こう言われたことから“療育の鬼”と化し、“才能探し”の旅に出たり、“才能の温泉掘り”に走ってしまったりする親御さんもいます。そういうときの親の顔は“眉間にシワ”の怖い顔になっていたり、子どもが思い通りにならないと残念な悲しそうな顔になっていたりするものです。
また、「才能を生かした職業に就いたら?」と励まされ、「今から職業のことも心配しなくてはならないのか!」と感じ、そのプレッシャーに押しつぶされている親御さんも少なからずいます。定型発達の人であっても、才能を生かして自立し、職業に生かせている人はほんの一握り。「障害がある子は、何か秀でた才能を生かさなきゃいけない」と思う必要はないのではないかと、私は思います。
障害がある子を育てる私の友人が、こう言っていました。
「ちゃんとトイレに行けるようになったとか、偏食が減ったとか、目的地まで歩けるようになったとか、靴をそろえたとか、脱いだものをちゃんと洗濯かごに入れたとか、そんなことを喜んで、育てて、暮らしてきました。
絵も描けません。字も書けません。すごい暗記力もありません。スポーツもできません。テレビ番組にも、パラリンピックにも、スペシャルオリンピックにも出られません。ごく普通の障害児です。それでも、あなたがいてよかった。あなたでよかった」
“子どもを受け入れる”とは、たとえ秀でた才能がなくても、わが子の今の状態、存在そのものを受け止めることだと思います。
「障害児は、親を選んでやってきた天使」。相手を励ましたいという気持ちにうそはなくても、相手にとってはつらい言葉になっていることもあります。皆さんはどう思いますか。
(子育て本著者・講演家 立石美津子)








58才重度の自閉症と知的障害を持つ弟の成年後見人をやっている兄です。両親は既に他界しました。親でもないのに面倒を見させられて大変な負担でしたが、今は弟は障害者福祉施設に預かってもらい助かってます。もし施設が無ければと思うとゾッとします。早く公的施設を見つけて世話してもらう事が双方にとっても大切だと思います。