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「台風来るから気を付けて出社を」…災害時に出社強制する上司 「ブラック企業」化する要因と防止策

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

台風なのに出社強制、どうする?
台風なのに出社強制、どうする?

 秋は台風などによる自然災害が起きやすい時季です。これだけひどい災害の報道がなされてきても、今も台風接近の際にも出社を要請する企業があり、SNS上でいわゆる「ブラック企業」だと糾弾されています。こうした企業や管理職はどういう思考をし、リスク管理をどう考えているのでしょうか。

「自分たちだけは大丈夫」の心理

 台風時の出社強制は批判されるべきですが、一方で専門家の話によると、日本でも欧米でも、災害に備えて避難の指示や命令が発令されても、避難する人々の割合が50%を超えることはほとんどないそうです。つまり、最終的に事故が生じると報道などで非難されますが、それ以外にも「無事故でよかったものの、危険な出社」等をしているところは、多々ありそうです。

 多くの人が危ない状況の中でもいつも通りのことをそのままし続けようとする背景には、多少の異常事態が起こっても、それを正常の範囲内として捉え、心を平静に保とうとする働きがあります。これを「正常性バイアス」(normalcy bias)と言います。

 この働きは、人々が日々の生活を送る中で生じる新しい事象やさまざまな変化に、過剰に心が反応してしまい、混乱したり疲弊したりしないために必要な働きではあります。しかし、この働きの度が過ぎてしまうと、本当に危険な非常事態の際にも、それを異常と認識せず、避難など危険への対応が遅れてしまうことになりかねません。

 なぜ、このような正常性バイアスが生じるのかと言えば、人々がいろいろと日々心配していることの多くは、実際には起きないことが多いからです。「心配事の99%は起こらない」と言う人もたくさんいます。そのため、危険や心配事に際して、十分にケアをして準備をしていた人が、結局、何も起こらなかった時に、「心配性だ」「怖がりだ」と嘲笑されてしまうことすらあります。

 さらに最近の変化の激しい世の中においては、そもそも、リスクを避けようとすること自体に対する評価も低下してきています。「慎重さ」と「チャレンジ精神」と言えば、後者を良しとする人も多いのではないでしょうか。

個々人の判断に任せてはいけない

 このように、明らかな危険があっても通常通りに行動をしようとする心理には(ダメなのですが)それなりの理由があるのです。何かの事故が起こった際、再発を防ぐためには、その会社がブラック企業だとか、管理職がパワハラ上司だとか非難しても、あまり根本的な解決策にはならないでしょう。

 そんなふうに個々の会社や人の特性に問題の原因を求めて、「そんな人を管理職にしない」とか「そんな人にならない」とするのではなく、むしろどんなにまともな人であっても、そういう無駄な危険を冒してしまう可能性があると考えて、会社として対応すべきだと思います。

 つまり、何らかの危険な状況に対しては、個々人の判断に任せる部分をできる限り少なくして、ある種「自動的に」判断が行われるようにしておくのです。例えば、「天気予報がどういう条件になれば」「電車やバスが止まったら」「地震や火災が生じたら」と条件を明確にして、「その場合は出社禁止・速やかに帰宅する」といったルールを作っておくということです。

 それを「上司の判断」「総務部長の判断」などとしておくと、正常性バイアスに陥る可能性が出てきます。人に判断を押し付けると、そこに責任が生じますので、「何事もなかった時の非難」が怖くなるのです。

「自分の身は自分で守る」

 経営として、トップダウンで危険時のルールを作って徹底させる以外にも、そのルールがきちんと実行されるためには、いくつかやっておくことがあります。一つは当たり前過ぎるものですが、「避難訓練」です。台風、地震、火災など、問題が生じた際にどう動くのかについて、ルールで頭に入れておくだけでなく、実際にやってみて体にたたき込んで、すぐ動けるようにしておくということです。

「率先避難者」を設定しておくことも重要です。危険が生じた際、「われ先に逃げる人は自己中心的」という考えがあるため、結局、大勢が逃げ遅れることがあります。このため、「先に逃げる役割」を指定しておくのです。

 そして、最後は、「自分の身は自分で守る」という考え方を徹底しましょう。日本人はそれでなくでも同調圧力の強い民族ですから、危険なことが起こりそうな時にも「周りがいつものようにしているから」と、正常性バイアスを同調圧力で増幅させてしまいがちです。

 そうならないためにも、「危険時には周囲に合わせる必要はなく、個々人の判断で避難して安全を確保すべきだ」ということを浸透させるのです。三陸地方には「津波てんでんこ」という防災の言葉があります。津波が起こったら、各自てんでんばらばらに高台へ逃げろという意味です。このようなことを徹底しておくことで、「自分だけ助かった」という罪悪感への対策にもなり、それが結局は、多くの人の安全確保につながると思います。

(人材研究所代表 曽和利光)

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曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

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