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高速バスの事故リスクとシートベルト 「命」守るために今考えてほしいこと

世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。

名古屋高速で横転、炎上した大型バス(2022年8月、時事)
名古屋高速で横転、炎上した大型バス(2022年8月、時事)

 8月22日、名古屋高速で大型バスが出口の分離帯に衝突して横転、炎上し、お二人が亡くなられました。まずはご冥福をお祈りしたいと思います。

「バスは安全な乗り物」という印象を多くの皆さんが持っていると思いますし、バスの事故率が乗用車に比べてかなり低いのも事実です。しかし、これはバスに特別な仕掛けがあるからではなく、バスのドライバーさんやバス会社の努力によるもので、運転の仕組みは乗用車と同じです。従って、残念ながら事故リスクをゼロにすることはできません。今回の出来事はそんなバスの事故リスクを、私たちに改めて意識させるきっかけになりました。

 今回の事故と直接関係するものではありませんが、高速バスの事故リスクの一つである、シートベルトの未装着について、考えたいと思います。

どの席でもリスク

 高速バスに限らず、後部座席(バスの場合は乗客の座席)でのシートベルト装着は、2008年の道交法改正により義務化されています(一般道のみを走る路線バスなどは除く)。現在のところ罰則があるのは高速道路だけですが、一般道でも罰則がないだけで、シートベルト装着が義務であることは同じです。

 しかし今年2月に日本自動車連盟(JAF)が発表した調査結果では、後部座席シートベルトの着用率は一般道で42.9%、高速道路でも75.7%でした。運転席の着用率がいずれも99%以上であることを考えると、後部座席での着用は、まだまだ十分ではありません。高速バスの乗客の座席に限った統計は見当たりませんが、筆者が高速バスを利用するときに周りを見渡すと、シートベルトをしている人のほうが少数派という印象です。

 ここで、「法律なのに守っていなくてけしからん」という議論は少し置いて、物理法則について考えてみましょう。物理の運動法則によれば、動いているものは動き続けようとし、それを止めるにはエネルギーが必要です。

 車が何かに衝突したとき、乗っている人がダメージを受ける理由の一つは、移動中の人体が持っている運動エネルギーが、衝突の瞬間に一気に解放されるからです。シートベルトは、この運動エネルギーが解放されるときに、体の中でダメージの受けにくい部位を広い面積で保持するとともに、ベルトの伸縮性によって、エネルギーの解放を穏やかにしてくれます。

 シートベルトをしていない場合、車が何かに衝突して動きを止めても人体は動き続け、そのまま前の座席やフロントガラスなどに激突するので、運動エネルギーを、頭部などの致命的な部位で、より短時間で解放することになります。つまり、頭部など致命的な部位に衝撃が加わるのです。

 この性質は道交法改正前から、というか人間の営みとは無関係にずっと同じです。このような物理法則を考えてみると、事故が起きた場合には、乗っている車の種類も、座っている座席の位置も、無関係ということになります。

 なぜなら、同じ車であればどの座席も同じ速度で移動しているので、乗っている人の体に蓄えられる体重あたりの運動エネルギーは全く同じだからです。もちろん、ぶつかる場所が前の席のクッションなのか、硬いフロントガラスなのかの違いはありますが、この違いはシートベルト有無の違いに比べて小さいので、シートベルトを「後部座席だからしない」とか「バスだからしない」というのは非科学的です。

 一方、筆者は心理学者なので、「誰もシートベルトをしていないのに、自分だけシートベルトをするのが気恥ずかしい」と思う人がいることや、人が一般的に、難しい物理法則などを考えずに、罰則がないことやバスの事故率が低いことを言い訳にして、自分に都合の良い判断をしてしまいがちなことも理解しています。

 しかし、シートベルトは命を守る重要な装置です。ちょっと面倒かもしれませんが、科学的に考えて、「どの席でもシートベルトをする」という判断をしていただきたいと思います。

 なお、シートベルトをしていないと、先ほど挙げたように、衝突時に体が前方の物体に激突するだけでなく、次のような問題もあります。

・車外に投げ出されるリスクが高まる。特に車がスピンした場合、車両の重心から遠い後席のほうが強い遠心力を受けるので、投げ出しリスクが高い

・自分の体が前の席の人に激突して、前の人にもダメージを与えてしまう

・けがをしたり意識を失ったりする確率が高まるので、火災や水没などから逃げ出せなくなるリスクが高まる

・車が横転した際、上側になると落下してしまう。落下した先に人がいれば、その人にもダメージを与えてしまう

 また、妊婦さんはシートベルト不要と思っている人も多いようですが、それは「座席ベルトを装着することが療養上または健康保持上適当でないとき」に限られ、それ以外はシートベルトが必要です。日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会などの団体も、シートベルトを妊婦さんやおなかの赤ちゃんの死亡リスクを下げるものとして、着用を積極的に奨励しています。

 さらに、小さい子どもには適切なサイズのチャイルドシートが必要です。小学校に上がったかどうかと関係なく、身長が140センチに満たない子どもにシートベルトをする際はジュニアシートの利用が必要です。

 事故の衝撃は、道交法や車の種類、座席位置などとは無関係に、物理法則によって決まります。法律を守るためでも、免許の点数を守るためでもなく、自分と家族の大切な命を守るために、どんな時もシートベルトを正しく装着することを心がけてください。

(近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢)

【横転、炎上】座席が骨組みだけになった大型バス

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島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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