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コロナ禍で経営厳しく…企業が「賃下げ」をする場合の条件とは?

企業が従業員の給料を下げようとする場合、どのような条件や手続きが必要なのでしょうか。弁護士に聞きました。

「賃下げ」の条件は?
「賃下げ」の条件は?

 コロナ禍で経営が厳しい企業も多い中、人員整理や賃下げがニュースになることもあります。「早期退職よりは、多少賃金が下がっても働き続けられる方が…」という見方もできますが、そもそも、企業が賃下げをする場合、どのような条件が必要なのでしょうか。また、どの程度の金額までなら賃下げが許されるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

不当な賃下げ、罰金刑の可能性も

Q.そもそも、企業が賃下げをする場合の条件について、教えてください。

佐藤さん「企業が賃下げをするには、さまざまな方法があります。まず、就業規則の範囲内で、労働者と合意することによって、賃金を引き下げる方法です(労働契約法8条、12条)。この場合、労働者が『自由な意思に基づき』同意することが必要です。

ただし、労働者から、賃下げを受け入れる旨の言動があれば、常に、自由な意思に基づいた同意であると認められるわけではなく、賃下げによって労働者にもたらされる不利益の内容や程度、同意に至った経緯・態様、同意に先立つ労働者への情報提供、説明の内容などに照らし、『自由な意思に基づいて同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する』ことが必要と考えられています。

次に、就業規則を変更し、賃下げする方法があります。この場合、個別の従業員の同意がなくても賃下げをすることが可能です。ただし、就業規則を労働者にとって不利益な内容に変更するには、労働者が受ける不利益の程度や労働条件を変更する必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合などとの交渉の状況などに照らし、『合理的なもの』であることが必要です(労働契約法10条)。

また、労働組合のある会社の場合、労働協約の変更によって賃金を下げる方法があります。一般的に、労働組合は労働者が一方的に不利にならないよう、会社と交渉するため、適法に締結された協約であれば、労働者は原則として拘束されます」

Q.企業が賃下げをする場合、法律上、どの程度の金額までなら許されるのでしょうか。例えば、賃金体系の見直しにより、月収で10万円ほど減少する場合、法的に問題はないのでしょうか。

佐藤さん「最低賃金法が定める最低賃金を下回らない範囲であれば、法律上、賃下げが可能です。そのため、賃金制度の見直しにより、月収で10万円ほど減少する場合であっても、金額だけで法的に問題となることはないでしょう。また、基本給からでも、諸手当からでも、賃下げは可能です。

ただし、労働協約や就業規則の基準は守らなければなりません。労働協約や就業規則の基準よりも賃金を下げたい場合には、労働協約を変更したり、就業規則を不利益な内容に変更したりする必要があります。先述したように、就業規則を変更するには『合理性』が必要ですが、賃金の減額率が大きければ、労働者の不利益が大きくなるため、合理性が否定される可能性があります。

なお、労働者に対する制裁として減給する場合には、『1回の減額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない』という基準が定められています(労働基準法91条)。賃下げの場合にも、減額率を考える上で、この基準が一定の参考にはなるでしょう」

Q.企業が不当に賃下げをした場合、どのような罰則を適用される可能性があるのでしょうか。

佐藤さん「賃下げに関して、労働契約法などは罰則規定を定めていません。しかし、企業が無効な賃下げをした場合、労働者に対して本来支払うべき賃金を支払っていないとして、賃金全額支払いの原則に反し、罰金刑を科せられる可能性があります(労働基準法24条、120条)。

また、先述した賃下げのルールを守らず、企業が一方的に不当な賃下げを行った場合、無効であるとして、労働者から減額前の賃金との差額を請求されることがあり得ます」

Q.もし勤務先の企業で不当に賃金を下げられた場合、どのように対処するのが望ましいのでしょうか。

佐藤さん「企業が一方的に賃下げを宣告するようなケースの場合、各都道府県の労働センターに相談したり、賃金不払いとして労働基準監督署に申告したりするとよいでしょう。また、不当な賃下げの場合、賃下げの無効確認や賃金の差額請求など、訴訟を起こすべき事案もあるので、弁護士に相談することも有効です。

企業から、強引に賃下げに同意するよう迫られることも考えられます。1人で悩んでいると、説明が不十分なまま同意させられてしまうことも考えられるので、早めに弁護士などに相談するとよいでしょう」

Q.企業の賃下げに関する事例、判例について、教えてください。

佐藤さん「業績悪化を理由に、賃金や退職金など平均30%を減額した事例において、裁判所は、『労働契約において賃金は最も重要な労働条件としての契約要素であることはいうまでもなく、これを従業員の同意を得ることなく、一方的に不利益に変更することはできない』として、無効と判断しています(東京地裁1994年9月14日判決)。

この事案では、賃金減額に関する就業規則がなく、就業規則を変更したり、労働協約を締結したりすることもないまま、企業が一方的に賃下げに及んでおり、たとえ企業側が主張するような合理性があったのだとしても、無効の結論は変わらないとされました。

一方、労働協約に基づく賃金改定により、若年層・中堅層の待遇改善を図る一方で、55歳以上の組合員に対して、月額最大約3万円の賃下げをした事例で、裁判所は合理性を認めています(横浜地裁2000年7月17日判決)。減額される金額が大きいとは言えず、経過措置も存在することから、55歳以上の者にとって過酷とまでは言えないことや、手続きも組合規約にのっとっており、組合員の意見を全く聞かずに一方的に進められたとは言えないことなどが考慮されています」

(オトナンサー編集部)

佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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