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平成の怪物にハンカチ王子 感動の「引退試合」、でもシーズン中実施で問題ない?

プロ野球シーズンが終盤を迎え、今季限りで引退する選手の引退試合も行われています。感動的なシーンも多いのですが、シーズン中の引退試合に問題はないのでしょうか。

引退試合後、マウンドのプレートに触れる松坂大輔投手(2021年10月、時事)
引退試合後、マウンドのプレートに触れる松坂大輔投手(2021年10月、時事)

 プロ野球のレギュラーシーズンが終わりに近づき、今季限りで引退する選手の引退試合も行われています。「平成の怪物」といわれた松坂大輔投手(埼玉西武ライオンズ)の引退試合で、横浜高校の後輩との対戦が実現したり、首位打者に輝いた経験もある福岡ソフトバンクホークスの「打撃職人」こと、長谷川勇也選手が執念のヘッドスライディングを見せたり、「ハンカチ王子」と呼ばれた斎藤佑樹投手(北海道日本ハムファイターズ)が最終登板をしたりと、話題の引退試合が多くありました。

 しかし、「故障が治らないから」「一線で活躍できなくなったから」といった理由で引退する選手が、レギュラーシーズンで引退試合をすることに問題はないのでしょうか。一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事の江頭満正さんに聞きました。

斎藤投手、最後の真剣勝負

Q.引退試合の意義を教えてください。

江頭さん「日本では『引退』という言葉がさまざまな使い方をされています。学生や生徒が所属するクラブや部活動から離れることも引退と呼びます。英語では『リタイアメント』が該当し、健康上の理由や高齢に伴い職務が続けられなくなり、活発な労働生活から撤退することを指しています。

多くの場合、引退はその時期が予見できます。会社の定年退職、高校3年生が部活動に参加するのは夏までといった具合です。プロスポーツ選手の場合、本人が時期を決めるケースが『引退』と言われ、チームとの契約が終了し、本人の意思と関わりなく、公式戦に出場できなくなるケースでは、引退という表現はあまり使われません。

引退試合ができるのは、アスリートとして功績を残し、本人の意思で競技活動を終わらせる場合に限られます。また、本人が引退試合の実施を申し出ることは少なく、チーム、もしくはチームメートらが本人の素晴らしい功績をたたえるために呼び掛け、行われるものです。ちなみに、中日ドラゴンズには引退試合開催の基準があります。

引退試合は大相撲の引退相撲と断髪式を参考にした、日本スポーツ界独自のもので、海外では『引退セレモニー』はあっても、試合形式で行われることは、ほとんどありません。モデルとなった引退相撲は、力士が引退後の新生活を始めるための資金作りのために行われていました。番付に無関係な花相撲として開催され、主催は引退力士でした。引退力士の素晴らしい功績に感銘した現役力士が無報酬で出場し、結びに引退力士が土俵に上がり、相撲を行う場合もあったようです。

その後、後援者などをはじめとした関係者によって、大銀杏(おおいちょう)を切り落とす断髪式が行われるのが慣習になっていました。この興行の収益は全て引退力士に贈られ、その資金で、ちゃんこ料理店などを開業したそうです。現在は養老金(退職金)制度がありますので、興行収益の総取りはなくなりました。

野球などのプロスポーツで行われる引退試合は引退選手の功績をたたえるものです。チームメートと観客など関係者が、最後のプレーとユニホーム姿を見たいという強い希望から行われています。引退選手の活躍により生まれた数々のドラマに感謝し、『感動をありがとう』といった感謝の言葉がチームやファンから贈られます」

Q.レギュラーシーズン中に引退試合が行われるケースもあります。故障が治らなかったり、打力が落ちたりして引退する選手を真剣勝負の場で使うことの是非について、教えてください。

江頭さん「プロ野球の場合、レギュラーシーズン中に引退試合が行われる慣習があるのは、クライマックスシリーズ実施前に、リーグ優勝が決まった後に開催される『消化試合』が存在するからです。引退試合はこの消化試合で開催され、チームの順位に影響を与えない範囲で行われるのが一般的です。個人タイトルへの挑戦が続いている特定の選手には、影響が出ないような配慮もされます。

この時期の消化試合は観客数も少なく、若手に実戦経験を積ませる場でもあります。引退試合は消化試合にもかかわらず、多くの観客を集め、引退選手のグッズも多く販売できるビジネスチャンスでもあります。引退試合では対戦チームも配慮して、ライバルと呼ばれた主力選手を出場させることもあり、競技というより、興行として多くのファンから支持を集めているのです。

10月19日に行われた松坂大輔選手の引退試合も1回表、先頭打者への投球だけで交代しています。西武はクライマックスシリーズ進出の可能性がなくなり、対戦相手は西武と最下位争いをしている日本ハムでした。つまり、消化試合での登板だったのです。熾烈(しれつ)な順位争いをしている状況で引退試合を行うことは、まずありません。

プロスポーツは『興行』です。観客にエンターテインメントを届けることが役割だとすれば、引退試合は立派なエンターテインメントであり、公式戦に引退選手を出場させる意味も意義もあると思われます」

Q.斎藤佑樹投手の場合、優勝争いの最中であるオリックスとの試合が引退登板でした。

江頭さん「斎藤佑樹投手の引退試合は10月17日、優勝争いをしているオリックスとの試合で行われました。本来なら、リーグ優勝に関係のない、日本ハムのホーム最終戦になる10月26日、火曜日の西武戦が妥当です。しかし、日本ハムにとっては今季、クライマックスシリーズへの進出可能性は消えており、ファンにとっては既に消化試合になっていました。

一方、9月まで緊急事態宣言のため、観客を5000人に制限しながら試合を開催していたチームにとって、ホーム最終戦が火曜日なら、1試合前の10月17日、日曜日に開催する判断をしたことは批判できません。プロ野球はエンターテインメントです。斎藤投手の最後のユニホーム姿は多くのファンが見たいと思うでしょう。ですから、多くのファンが来場しやすい日曜日に設定するのは、ファンの利便性を重視した結果と考えられます。

斎藤投手は4対3の日本ハムリードで迎えた7回表、先頭バッターの福田周平選手に対して7球を投げ降板。結果はフォアボールでしたが、ストレート、ツーシーム、チェンジアップを投げ、スタンドのファンを沸かせました。試合はそのまま、4対3で日本ハムが勝利し、優勝争いをしているオリックスに対して、真剣勝負を行い、マナーを守ったといえるでしょう。

10月17日は日曜日のデーゲーム。札幌の気温は昼過ぎに小雨がパラついたものの晴れの予報でした。札幌ドームに1万3618人が来場し、2021年シーズン最多の来場者数となりました。チームとの契約が終われば、斎藤投手に関する全てのグッズを販売できなくなる球団と、彼の勇姿をスタジアムで見たいファンと、多くのお客さまに感謝したい斎藤投手自身と、3者の思惑がマッチした引退試合でした。

これは私の推測ですが、オリックスに失礼のないように、そして、斎藤投手の引退試合を飾るためにチームは勝利にこだわったのではないでしょうか。その結果、スポーツマンシップの観点から考えても、素晴らしい引退試合になったと思います」

【写真】松坂大輔投手、長谷川勇也選手…引退試合の名場面

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江頭満正(えとう・みつまさ)

独立行政法人理化学研究所客員研究員、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事

2000年、「クラフトマックス」代表取締役としてプロ野球携帯公式サイト事業を開始し、2002年、7球団と契約。2006年、事業を売却してスポーツ経営学研究者に。2009年から2021年3月まで尚美学園大学准教授。現在は、独立行政法人理化学研究所の客員研究員を務めるほか、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事、音楽フェス主催事業者らが設立した「野外ミュージックフェスコンソーシアム」協力者としても名を連ねている。

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