オンライン葬儀は普及した? 香典、生花、弔電…欠席でも義理果たせる行為は多い
オンラインでなくとも…
オンライン葬儀に注目が集まると、葬祭業者は式典全般の中継にかじを切りました。それに付随するように、IT系の会社も「香典がクレジットカードで決済できる」「オンラインで記帳できる」「遺族へのメッセージがオンラインで送れる」といったサービスを拡充する形で、オンライン葬儀のパッケージ化に進みました。しかし、実際の現場の肌感覚としては、オンライン葬儀の生中継を望む人は「いないことはない」程度です。
本来はタブーとされていた死に顔の撮影をコロナ下での“特例”として行い、画像や映像を送ったり、SNSのライブ中継機能を使って、海外に住む孫に故人との別れのひとときを過ごしてもらったり、家族の中の「撮影係」が写真をたくさん撮り、参列できない親族に送ってあげたり…。撮影や葬儀の生中継はプライバシーの観点の他、撮影されていることやカメラを向けられていること自体にプレッシャーを感じる人もいて、あまり好まない層もいたのが現実だと思います。
先述したように、参列できないときにも「亡くなった」事実を共有するため、以前から、写真や手紙などのさまざまな方法が遺族の思いによって選択されてきました。出席ができなくても義理を果たすことができる、香典、生花、弔電といった基本ツールの存在も非常に大きかったと思います。
オンライン葬儀における約1年半の顛末(てんまつ)を通して感じたことは「新しいものがよく、古いものはだめ」という価値観自体が旧態依然としたものではないかということです。「永遠の別れ」という、いつの時代にも起こること、そして、何百年に1度の疫病のまん延という緊急事態であってもやらなければならないこと、そして、続けていかなければならない大切な事柄においては、対話をして、「本当にやるべきことは何なのか」を丁寧に聞き取り、話をすべきではないでしょうか。
オンライン葬儀が是か非かの前に、感染症のまん延を防止するため、今までのように葬儀への出席ができなくなったこの状況下でも、その代わりとなる行為は無数にあり、個々の遺族に提案して話し合い、適切なものを選ぶ必要があるということです。葬儀業者の本分である「遺族の意向をよく聞き、尊重できたか」が問われていると思います。
(佐藤葬祭社長 佐藤信顕)

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