オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

たった2万円で高レビュー ネットでひつぎが買える時代、葬儀屋は不要なのか

誰もが、いつかは関わるものでありながら、詳しく知る機会が少ない「葬祭」について、専門家が解説します。

通販でひつぎを買って…?
通販でひつぎを買って…?

 もはや、売っていないものはないのではないかというほどにさまざまな商品が販売されているネット通販大手のAmazonで、市場価格が8万~10万円程度の桐(きり)のシンプルなひつぎが2万円前後で売られていると話題になったことがあります。「葬式の形はこれからどんどん変わっていくのだろう」といったSNS投稿もあり、消費者にはおおむね好評のようでした。

 ひつぎの商品ページには「このひつぎがなかったら、父の葬儀ができなかったと思う。感謝しています」という購入者の声や、ひつぎの組み立て方の紹介など、“星5個”の高レビューがありました。「直葬(火葬だけの葬儀)をするならこれで十分」という好意的なレビューも書き込まれていましたが、たとえ火葬だけの葬儀であっても、実際に自分自身で手配をして行ったのかどうかというと、葬儀屋の立場としては怪しい部分があるといわざるを得ません。

遺体の保存、容易ではない

 ツイッターでは葬儀社を名乗るアカウントから、「正直、ひつぎだけ買って、次の日に火葬場を予約して、車に積んで火葬場に行けばできちゃいますからね」という書き込みもありましたが、この書き込み自体が本当に葬儀社によるものかどうかも怪しいところがあります。

 遺体というのは死亡後すぐに冷却をしないと腐敗が進み、死斑(紫赤色や紫青色の斑点)が定着してしまったり、臭気を発したりするので、まともな葬儀業界の人間なら、「1日ぐらいならエアコンを強めに効かせれば大丈夫」とは言えないことを知っているからです。SNSなどでは、こういった「本物かどうか分からない職業人」の出現が後を絶ちません。

 確かに法律上は死亡後24時間たてば、火葬を行うことができます。しかし、横浜市などでは死亡者数に比べて火葬炉が少ないために火葬までの“待ち”が実際に起こっています。また、東京23区では火葬場併設の「式場」の人気が高く、その式場の空きを待つために「1週間後」という日程が組まれることもあります。

 それに、火葬場には定休日が存在することもあります。遺族が24時間後に火葬を希望しても、その日が定休日ならば、火葬日は翌々日になります。また、24時間後でないと火葬できないルールがあるため、例えば、午後5時に亡くなった場合は翌日の午後5時まで火葬を行うことができず、今度は火葬場が受け入れを行っていない時間帯となれば、さらに日にちが伸びることもあります。こうした事情で、「火葬のみとしても、3日後にならないと受け入れられない」といったケースが出てくるのです。

 さて、このような現実の状況を踏まえると、実際に3~5日後まで専門家の助けなく、ドライアイスもなしでエアコンを強めに効かせておけば、遺体は腐敗せずに安らかな状態で保存可能なのか、つまり、「一般の人でも遺体の冷却保存は十分にできる」と言えるのでしょうか。現場側の言い分としては「十分にできるとは言い難い」と言わざるを得ません。

 葬儀社を利用する利点はドライアイスを深夜や早朝、土日祝日にも提供できる点です。遺体の腐敗は死亡後すぐに始まり、冷却がなければ、12時間で容貌に大きく変化が見られるといわれています。腐敗は一度進んでしまえば戻ることはなく、「どれだけ変化を最小限にするか」が遺体保全のこつであり、プロの仕事と言えるでしょう。

 葬儀社では遺体のどこにドライアイスを付けるのが効果的か、冷却したいときに適切な量はどのくらいかなどを熟知した専門家が、体液の流出が起きないよう、遺体の変化に細心の注意を払ってドライアイスの処置をしています。もし、自分でAmazonでひつぎを購入して、ドライアイスの処置だけ葬儀社に頼もうということになっても、それは葬儀社側からすれば、「お客さまである」とは言い難いわけです。

 ドライアイスやひつぎの代金には、専門知識を教えるための社員教育費や宿直費など、葬儀社を運営するための費用が含まれています。だからこそ、葬儀社は24時間対応できるのであって、「代金が高いから」といって都合のよい部分だけを利用されては、葬儀社も成り立たないのです。

 腐敗が大きく見られなくても、処置のされていない遺体は体液が出たり、口や目が閉じなかったりすることもあります。ドライアイスでの冷却と同様に、そうしたことにも対処する必要があるのです。火葬だけの葬儀であっても、遺体に対する処置やリスク管理は多岐に及ぶものであり、専門家の立場で安易に「一般の人が自分でやっても大丈夫」とは言えないのです。

 さまざまなものが販売されているAmazonですが、中には在庫を持たず、注文が入ってから購入をする転売屋も多くいると聞きます。通常の商品なら、商売の範囲なのかもしれませんが、実際に遺体の処置を行う立場の人間としては、遺体に関わる商品を、失敗すればもう後戻りができないような方法で販売するのはやめていただきたいというのが正直なところです。

 そして、こうしたケースは「エアコンがあれば遺体を無事に保存できる」という誤った情報すら広めかねません。実際に、発言に影響力のある著名人の中からも、誤った情報を発信している人が出てきています。遺体の保全に適切な温度は4度以下といわれており、とても家庭用エアコンの冷房機能で冷やせる温度ではありません。日本の家庭に冷蔵庫が普及していることが、エアコン程度では食品の腐敗を防げないことを示しているのと同様です。遺体の腐敗ももちろん防げません。

 仮に故人が生前、「自分の葬儀は火葬だけでいいから」と言っており、ご家族自身の手で葬儀を執り行いたいと希望する場合でも、事前に葬儀社に相談して、専門的な遺体保全に対する援助を求めていただくのが安全と言えるでしょう。専門的な遺体保全は有料にはなるでしょうが、故人の最低限の尊厳を守るためには必要なものです。

 過ぎた節約志向で自分の肉親を腐敗させてしまい、容貌が耐えられない変化を起こしてしまっても、先述したように、遺体の腐敗は一方通行的なものなので元に戻すことはできません。安らかなお別れをするためには、何でも自分で調達して行うのではなく、適切な専門知識を持つ人の援助が必要な場合があることを忘れないでほしいものです。

(佐藤葬祭社長 佐藤信顕)

佐藤信顕(さとう・のぶあき)

葬祭ディレクター1級・葬祭ディレクター試験官・佐藤葬祭代表取締役・日本一の葬祭系YouTuber

1976年、東京都世田谷区で70年余り続く葬儀店に生まれる。大学在学中、父親が腎不全で倒れ療養となり、家業を継ぐために中退。20歳で3代目となり、以後、葬儀現場で苦労をしながら仕事を教わり、現在、「天職に恵まれ、仕事も趣味も葬式」に至る。年間200~250件の葬儀を執り行い、テレビや週刊誌の取材多数。YouTubeチャンネル「葬儀葬式ch」(https://www.youtube.com/channel/UCuLJbkrnVw6_a35M0rk8Emw)。

コメント