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火葬場が「撮影禁止」であるのはなぜか

誰もが、いつかは関わるものでありながら、詳しく知る機会が少ない「葬祭」について、専門家が解説します。

火葬場が撮影禁止の理由は?
火葬場が撮影禁止の理由は?

「死」は「生」と一体のものです。死を迎えることはすなわち、生があった証明であり、生きたことそのものだといえます。死を迎えた人を送り出すときに「生」を巡って、さまざまな感情が交差するのが火葬場という所です。

 ネット上では時々、「火葬場での撮影行為」が話題となり、賛否の声が交錯することがあります。一般的に、火葬場(火葬炉)では写真撮影が禁止されていることが多いのですが、それはなぜだと思いますか。

 火葬場は地域や施設ごとに運用が異なるため、今回は筆者の生まれ育った東京都を例に説明したいと思います。

他の遺族のプライバシー保護

 火葬場で撮影してはいけない理由の一つは、他の遺族のプライバシーを守るためです。

 火葬場はさまざまな人が利用する公共の場所です。故人が長生きし、家族も繁栄して、「ここまで元気に長生きしたんだから、お祝いみたいなもんだよ」と笑顔の子どもたちや孫に囲まれた旅立ちのケースがある一方で、働き盛りのお父さんが幼い子を残して亡くなってしまい、妻がぼうぜんとしながら喪主を務め、友人は泣きながら、その旅立ちを見送るというケース、あるいは、わが子を自死で失った両親が、まるで現実感のない中で子どもを送り出すケースもあります。

 もし、あなたが若くして伴侶を亡くしたり、子どもを失ったりして感情があふれ、おえつと共に止めどなく涙が出ているとき、横にいた大往生の故人の遺族が写真を撮っていたら、どう感じるでしょうか。

 あなたの泣いている顔を撮ろうとしたわけではなくても、長寿だった故人を見送る写真の片隅に、家族の急死で心から悲しみ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃのあなたの姿が写り込んでしまう可能性があるとしたら、あなたは安心して、そこで泣くことができるでしょうか。心地よく感じる人はきっと少ないと思います。

 誰でも、最後の見送り時は感情が表に出やすくなるものです。火葬場での写真撮影が許可されるということは、他者の手元に自身の泣き顔が残ってしまう可能性があるということです。

遺骨にもプライバシー

 別の理由もあります。大半の人は服を脱いだ姿を他人には見られたくないと思います。それに近いことが起き得るのが火葬場です。

 東京の民間の火葬場では多くの場合、横並びに火葬炉が並んでいます。そのため、自分の家族のひつぎを炉に収めるとき、すぐ横では、火葬が終わった別の家族が遺骨を確認しているという状況もあります。つまり、他の家の骨上げ(収骨)の場面に出合うことも珍しくないのです。

 着ている服の中を見られるだけでも恥ずかしいのに、さらに肉体の中に存在するのが骨です。自分の家族の骨を撮影するのは抵抗がないかもしれませんが、先述の泣き顔の写り込みと同様に、自分の家族の骨が写った写真を、知らない他者が持つことを望ましいと感じる人は少ないでしょう。

 こうしたルールは性善説だけで運用できるものではありません。火葬場で撮影を許可してしまえば、「他人の遺骨や死に顔が“撮り放題”」という状況が生まれてしまいます。死に顔や遺骨という“情報”は、例えば、死に顔の流出を条件に脅迫されるなど悪用される可能性もあり得ます。写真を利用して、故人の尊厳を脅かしたり、遺族の心を傷つけたりする事態が起きかねないのです。

「そんなことをする人はいないよ」と思う人もいるかもしれませんが、海外では、死に顔の写真の流出によって、故人や遺族の心情を傷つけ、訴訟になった例もありますから、火葬場での撮影はやはり望ましくないでしょう。

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佐藤信顕(さとう・のぶあき)

葬祭ディレクター1級・葬祭ディレクター試験官・佐藤葬祭代表取締役・日本一の葬祭系YouTuber

1976年、東京都世田谷区で70年余り続く葬儀店に生まれる。大学在学中、父親が腎不全で倒れ療養となり、家業を継ぐために中退。20歳で3代目となり、以後、葬儀現場で苦労をしながら仕事を教わり、現在、「天職に恵まれ、仕事も趣味も葬式」に至る。年間200~250件の葬儀を執り行い、テレビや週刊誌の取材多数。YouTubeチャンネル「葬儀葬式ch」(https://www.youtube.com/channel/UCuLJbkrnVw6_a35M0rk8Emw)。

コメント

2件のコメント

  1. 北海道なので地域差はありますが
    火葬場では撮りませんが通夜のあと棺の前で集合写真を撮影しますね
    香典返しというのもありませんね
    北海道出てから違いにびっくりしました

  2. そもそも論として、ほとんどの宗教・宗派ではいわゆる聖域とされるところでの写真撮影は禁止されていますが。これはあくまでも他の方に迷惑がかかるとか、仏像などを文化財としてみた場合、強い光を当てるなどした場合に損傷や劣化が発生または進行するといったこと以外にも、宗教としての神仏に対する敬意としての撮影禁止があります。葬儀も、それがある意味宗教行為と切り離すことができない以上、撮影禁止は当然と理解しています。