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二股、三股…「複数内定キープ」をする学生はなぜ多い?【就活・転職の常識を疑え】

就活や転職のさまざまな「常識」について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

「内定キープ」はいつまで許される?
「内定キープ」はいつまで許される?

 いよいよ10月1日、正式内定解禁の日が迫ってきました。形骸化してしまった感はありますが、企業は「この日までには、内定受諾者(正式には内々定者)数を確保しよう」と考え、学生も「最終的な1社を決めてしまおう」と思う、一つの目安です。

 ところが、ある会社の7月時点の調査では、内定者の4分の1が複数内定を保持しているという結果が出ていました。いわば、二股、三股という状態で、ずっと決めないままということです。複数の内定をもらうのは普通ですが、その場合、より志望度の高い1社だけを保持して、あとは辞退するのが本来の在り方です。それをせずに複数キープしているという事態が、学生の悩みの深さを想像させます。

 なぜ、そんな学生が多いのか。「複数内定キープ」はいつまで許されるのか。企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

不足する「感情」についての情報

 内定はたくさんもらったらもらったで、最終的に行く会社以外を辞退するのに気力が必要なため、1社だけ残して就職活動を続けるという人が多いです。中には「内定はもらえるだけもらって、最後にどこが一番か考える」という「あえて思考停止」という人もいますが、多くの場合は、内定をもらった会社に優先順位をつけられない人が「複数内定キープ」を続けていると思われます。

 その理由としては、会社を選ぶ明確な「軸」を持っていないか、選択するのに十分な情報がないことが考えられますが、活動初期ならともかく、最後の最後までこの状態ということは、後者の情報不足の可能性が高そうです。

 では、どんな情報が不足しているのでしょう。ご存じの通り、今年はコロナ禍で採用のオンライン化が急激に進みました。面接や会社説明会、内定者フォローもオンラインで行われています。オンラインコミュニケーションの特徴は「事実やデータは伝わるが、感情は伝わりにくい」ということです。つまり、今、複数内定保持者が1社に絞れないのは、感情に関する情報不足のためではないでしょうか。

「雰囲気は自分に合っているのだろうか」「面接官は自分にどれほど期待をしてくれているのだろうか」といったことです。

「よい」と「好き」の差は大きい

 人は「好意の返報性」といって、好意には好意を持って返す(逆に、無関心には無関心)特性があります。会社から好意を感じないのであれば、会社を好きになりにくい。事実やデータから、「この会社はよい会社だ」と推論することはできますが、それだけでは入社を決めにくいでしょう。

 就職は結婚のようなもので、「この会社が好きだ」と思えたときに、ようやく決断できるものです。しかし、「好き」はなかなかコントロールできません。推論はやればすぐできますが、自分の気持ちが高ぶって、「会社や仕事を好きになる」までに至る時期は自分でもコントロールできないのです。

 筆者は、今の複数内定保持者の気持ちをそのように想像しています。内定を受諾したのに、実は裏で他社内定を保持していると聞けば、採用担当者なら「ありえない」と怒るかもしれません(若い頃の筆者もそうでした)。

 しかし、そうさせている責任の一部は採用側にもあります。相手に「事実」や「データ」だけ伝えて、ちゃんと「気持ち」を伝えていないということはないでしょうか。伝えていないのに「どうして好きになってくれないんだ」と怒るのは理不尽な気がします。そもそも、「オレを好きになれ」という命令は一番むなしい命令ですよね。本人でさえ、コントロールしづらい「好き」という感情を他人がコントロールするのはさらに困難です。

 内定も一種の契約ですから、一度内定を受諾したら、基本的には「複数内定保持」は契約違反です。ですから、「いつまで許される?」というより、罰則がないとしても「基本ダメ」でしょう(内定を受諾していなければ問題ありません)。できる限り早く、内定企業が採用活動を終了するまでには1社に絞るべきです。

 しかし、先述のような背景を考えると、「ダメだからダメ」では解決しません。企業側は相手(学生)の倫理観に怒りを持つ前に学生への期待や熱意をもっと伝えましょう。好きになってもらう努力をしましょう。学生は学生で、企業側のいろいろな人と話をする機会を要望したり、内定先についてのニュースや記事を集めたりして、好きになる努力をすべきでしょう。

気持ちがないままの入社が最も危ない

 内定式や入社の時期は待ってはくれません。恐らく、好きになる努力をしなくても、何らかの方法で結論を出して、どこか1社に入社することは可能です。しかし、私はそれが一番危ないと思います。

 好きでもない人と結婚するようなものです。会社にエンゲージメントを感じないのに(まさに「婚約」してないのに)入社して、頑張れるでしょうか。ただでさえ、入社後には想像と現実のギャップが待っています。「ここだ!」という気持ちがないままの入社が早期退職に結びつかないか、心配です。

 まだ、時間はあります。ぜひ、会社を好きになる努力をしてみてください。そうすれば、おのずから「ここだ!」と思える会社が決まるのではないでしょうか。

(人材研究所代表 曽和利光)

曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

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