「暑気払い」は“夏の飲み会”のことではない? そのルーツや納涼との違いとは
本格的な夏を迎える頃から、「暑気払い」という言葉をよく聞くようになりますが、本来の意味は「夏に開催する飲み会」ではないようです。
毎年、小暑(今年は7月7日)が過ぎて本格的な夏を迎える頃から、「暑気払い」という言葉をよく聞くようになります。特に、会社勤めの人たちはこの言葉を聞くと「夏に開催する飲み会」を連想する人も多いのではないでしょうか。しかし、本来の暑気払いは夏に開催する飲み会を指すのではなく、日本で昔から行われている年中行事ともいわれています。暑気払いについて、和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。
暑さを打ち払う、日本独自の習わし
Q.「暑気払い」は、夏に開催する飲み会のことなのでしょうか。
齊木さん「暑気払いとは、暑い夏、体を冷やす効果のある飲み物や食べ物を取ることで体の熱を放出する、つまり、『暑さを打ち払う』ための日本独自の習わしであり、年中行事です。現在では、夏に開催する飲み会と思っている人も多いようですが、本来は『暑気払い=飲み会』というものではありません」
Q.暑気払いはいつから、何をきっかけに始まったのでしょうか。また、どのようなことをするのですか。
齊木さん「古代日本の宮中では、暑さをしのぐために氷を食べたり、甘酒を飲んだりする習慣がありました。江戸時代に入ると、庶民の間でも暑い夏を乗り切るために『薬を飲んで暑気を払うこと』として、暑気払いが行われるようになりました。
ここでの薬とは、例えば『本みりん』のような、体の熱を取り去るための飲み物や滋養のあるものを指します。江戸時代前半には、みりんに焼酎を加えて飲みやすくしたものに『直(なお)し』『柳蔭(やなぎかげ)』といった風流な名前が付けられ、夏に冷やして飲む甘いお酒として人気でした。
また、江戸時代の川柳に『枇杷(びわ)と桃 葉ばかりながら 暑気払い』という句があります。枇杷の葉には体を冷やす効果があり、乾燥した枇杷の葉などを煎じた『枇杷葉湯(びわようとう)』を飲んで汗をかいて体を冷やしたり、熱を下げる働きがある夏野菜を食事に取り入れたりしていました。飲食の他にも、行水や川遊びをして暑さを打ち払っていました」
Q.なぜ、夏に開催する飲み会と同意語のようになったのでしょうか。
齊木さん「暑気払いには、暑さや熱そのものに限らず、弱った気(エネルギー)を元に戻して、元気になるという意味もあります。おいしいものを食べて体力をつけ、冷たいビールなどを飲んで体を冷やすことも暑気払い同様の効果があることから、現代では、飲み会や宴席も暑気払いと呼ぶようになりました。
また、暑気払いは元々、『暑い夏を元気に乗り越えよう』と行うものなので、ビジネスシーンにおいては『夏場の仕事を一緒に乗り越えよう』と、団結を目的に『暑気払い』として飲み会を開くという面もあると思います」
Q.暑気払いと似た言葉に「納涼」があります。両者に違いはあるのでしょうか。
齊木さん「先述した通り、暑気払いが『暑さを打ち払う』という意味であるのに対し、『納涼』は『暑さを避けて涼しさを味わう』という意味です。また、納涼のための会合は『納涼会』といいますが、暑気払いと同じく、夏に開催する宴会の意味として使われることが多いです。
暑気払いは時期的に、夏至(今年は6月21日)の頃から、暑さが和らぐ処暑(同8月23日)の頃までが特に適しており、比較的長い期間の中で楽しむことができますが、納涼はもっぱら、暑さが盛りの頃に行われます」
Q.今年は新型コロナの影響で、飲み会の暑気払いを実施するのは難しい状況です。私たちは、どのような暑気払いを行うことができますか。
齊木さん「暑気払いは飲み会に限ったことではないので、原点に立ち返り、それぞれのご家庭で暑さを取り払うことをしてみてはいかがでしょうか。
例えば、冷たいグラスに氷を入れ、本みりんをソーダ水で割って飲むのもおすすめです。梅シロップや桜の花漬けなどをソーダ水に少し加えるだけでも、爽やかさを楽しむことができ、滋養のある飲み物になります。夏の花であるホウセンカが庭先に咲いていれば、花びらを摘んで製氷器に入れると、とてもかわいい『花氷』ができて、見た目にも暑さを忘れさせてくれます。
冷たいビールを片手に、オンラインで仲間や同僚と飲み会をするのもよいでしょう。また、自宅での暑気払いをSNSで投稿したり、職場で話してみたりするのも今年の粋な過ごし方ではないでしょうか。暑気払いには、暑さを打ち払ってきた先人の知恵がいっぱいです。暑ささえも楽しみながら、暑気払いをしてみてはいかがでしょうか」
(オトナンサー編集部)
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