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自衛官募集で自治体による個人情報提供、法的に問題はない?

首相発言をきっかけに、自衛官の募集方法が議論になっています。住民基本台帳の情報を提供することに、法的問題はないのでしょうか。

個人情報の提供や閲覧に法的問題は?
個人情報の提供や閲覧に法的問題は?

 自衛隊の新規隊員募集に関する地方自治体の協力姿勢について、安倍晋三首相が「6割以上が協力を拒否している」と発言し議論となっています。防衛省は募集対象者(18歳と22歳)にダイレクトメールを送るため、自衛隊法に基づき全国の市区町村に、募集対象者の住民基本台帳の情報(氏名、生年月日、住所、性別)の提出を求め、36%の自治体が応じる一方、53%は閲覧のみで対応、他の自治体からは情報を得ていないそうです。

 住民基本台帳の情報を提供する(閲覧させる)ことに、法的問題はないのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

住民基本台帳法違反で罰則の可能性

Q.住民基本台帳の情報を、本人の承諾なしに市区町村が第三者に提供する、あるいは閲覧させることに法的問題はないのでしょうか。

牧野さん「個人情報保護法により、個人データを第三者へ『提供』するには、原則として本人の同意が必要です(23条)。電子媒体で個人データを提供する場合、23条違反で行政指導が出される可能性がありますが、すぐに罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されることはありません。一方で、紙媒体のままで『閲覧』させる場合は、23条の規制は適用されません。

なお、個人情報データベースなどを不正な利益を得る目的で第三者へ提供、あるいは盗用する行為は処罰の対象ですが(個人情報保護法第83条)、これはいわゆる『名簿屋』を規制するために設けられた規定で、今回のケースに適用することは難しいでしょう。

他方で、住民基本台帳法では、秘密を守る義務とその罰則(1年以下の懲役または30万円以下の罰金)が規定されています。個人情報を閲覧させる行為は、同法違反で罰則の可能性があります。また、公務員の守秘義務違反にあたる可能性もあります。国家公務員法(1年以下の懲役または50万円以下の罰金)と地方公務員法(1年以下の懲役、または3万円以下の罰金)で規定されています」

Q.民事上の問題はありますか。

牧野さん「『プライバシーが侵害され、ダイレクトメールを送られたり、コンタクトされたりして精神的損害を被った』ことを理由に、民法上の不法行為として損害賠償を行うことが可能だと思います。提訴する場合、その事実と迷惑を被った因果関係を証明する必要があります」

Q.「提供する」「閲覧させる」行為で法的責任を問われる可能性があるとのことですが、提供や閲覧を求めた側の責任は。

牧野さん「不法行為を要求して実施させたことになるので、共同不法行為の責任を負う可能性があるでしょう。住民基本台帳法などの罰則違反の場合、秘密を漏らした担当者や責任者の罰則に加えて、要求した者にも、ほう助罪や教唆罪が成立する可能性があります」

Q.自衛隊の募集に関する件では、国側は「自衛隊法と施行令に基づき、自治体に名簿提出を求めている」としています。個人情報保護法などに例外規定があるのでしょうか。

牧野さん「個人情報保護法23条では、『法令に基づく場合』を例外の一つとして認めています。『自衛隊法と施行令に基づき、自治体に名簿提出を求めている場合』は『法令に基づく場合』になり、個人データを提供した場合でも個人情報保護法違反とはならないと考えることもできます。

しかし、今回のケースは住民基本台帳法も関わってきます。住民基本台帳法には例外規定がないので、第三者提供が同法に違反する可能性があります。法律違反とすれば、個人データ提供は『法令に基づく場合』ではなくなり、個人情報保護法にも違反する可能性が出てきます」

Q.住民基本台帳の情報の提供、閲覧で事件や裁判になった例を教えてください。

牧野さん「1999年5月、宇治市住民の個人情報リスト(住民基本台帳データ約22万人分の氏名、生年月日、性別、住所、住民番号、世帯主名、世帯主との続柄、住民登録された日など)の販売広告が、インターネット上で掲載されました。調査の結果、市が行政目的で作成したファイルが流出したことが判明しました。市が外部事業者に委託した際、再々委託先のアルバイト従業員が個人情報を複製して外部に販売し、データが転売され、販売広告が掲載されたようです。

2001年、宇治市は、個人情報漏えいの被害にあった原告3人に民事提訴され、1人当たり1万円の慰謝料と5000円の弁護士費用の支払いを命じられています(2001年2月23日付京都地裁判決、2001年12月25日付大阪高裁判決)」

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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