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京王線刺傷事件で容疑者「死刑にして…」、希望通りでも問題ない? 模倣犯、考慮は?

「人を殺して、死刑になりたいと考えた」という、京王線刺傷事件の容疑者の発言は裁判での量刑判断にどう影響するのでしょうか。弁護士に聞きました。

服部恭太容疑者(2021年11月、時事)
服部恭太容疑者(2021年11月、時事)

 京王線で10月末に起きた刺傷事件で、殺人未遂容疑で逮捕された服部恭太容疑者が「人を殺して、死刑になりたいと考えた」と供述したと報道されています。「電車に人がたくさん乗っているハロウィーンの日を狙おうと思った」と、大量殺人を考えた旨の供述も伝えられていますが、こうした発言は裁判での量刑判断などにどう影響するのでしょうか。

「死刑になりたい」と事件を起こして、裁判で死刑になると、本人の希望がかなった形になってしまいます。問題はないのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

「身勝手な動機」として考慮の可能性

Q.裁判で死刑判決が出る目安を教えてください。

佐藤さん「死刑判決となる目安について、過去に最高裁判所が判断しており(最高裁1983年7月8日判決)、その基準(いわゆる『永山基準』)が裁判員裁判が導入された今でも引用されています。同基準によれば、(1)犯罪の性質(2)動機(3)態様、特に殺害方法の執拗(しつよう)さや残虐さ(4)結果の重大性、特に殺害された被害者の数(5)遺族の被害感情(6)社会的影響(7)犯人の年齢(8)前科(9)犯行後の情状などを総合的に考慮して、『やむを得ない』場合に死刑の選択が許されることになります。

死刑判決になるか否かは他の事件の量刑傾向にも影響を受けます。例えば、『殺害された被害者の数が複数人だと、死刑判決が出るケースが多い』『殺害された被害者が1人であっても、保険金目的など殺害に計画性があると死刑判決が出やすい』などの傾向があります」

Q.「人を殺して死刑になりたいと考えた」と供述した場合、量刑の判断で考慮されるのでしょうか。

佐藤さん「量刑は先述した、死刑判決を出すかどうか判断する際に考慮される事項として挙げた9つの要素を中心にさまざまな要素が総合的に考慮されます。『人を殺して死刑になりたいと考えた』というのは犯行の動機に関わるものであり、量刑の判断で考慮されます。一般的には『身勝手な動機』だとして、刑が重くなる方向で考慮されることになるでしょう。

なお、『死刑になりたい』といった供述がある場合、責任能力(善悪の判断ができ、判断に基づき行動を制御する能力)の有無や程度が問題となることがあります。責任能力がないと判断されれば無罪となり、責任能力が弱いと判断されれば、刑は必ず、減軽されることになります(刑法39条)」

Q.「死刑になりたい」と話した被告に死刑判決が出た場合、望み通りの結果ということになってしまいます。問題はないのでしょうか。

佐藤さん「死刑を望む被告に死刑判決が出た場合、結果的に被告の望みがかなうことになり、遺族感情を思うと胸が痛みます。しかし、法律の定める刑の中で死刑が最も重いものであり(刑法9、10条)、先述したさまざまな事情を考慮した結果、死刑判決が確定したのであれば、現状では、それを受け入れるほかありません。死刑囚はいつ、刑を執行されるのか、常に恐怖を感じながら過ごす立場です。

受刑者が『早く執行してほしい』と望んだとしてもその希望通りになることは少なく、恐怖心を抱えながら、何年かの時を過ごすことになるでしょう。そして、刑が執行されれば、受刑者の未来すべてが失われます。刑が確定する前に『死刑になりたい』と言っていた場合であっても、後悔する可能性もあり、死刑が刑罰としてして機能していないとは言えないでしょう」

Q.「死刑になりたい」と話した被告に死刑判決が出ると「模倣犯が出かねないのでは?」という危惧もあります。そうした点は裁判で考慮される可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「裁判では、事件の社会的影響も考慮した上で刑を決めます。そのため、模倣犯が出かねないのではないかといった視点も考慮される可能性はあります。ただし、『模倣犯が出るかもしれない』という抽象的な恐れを重視して、判決内容が変わることはほぼないでしょう。先述した永山基準の9つの要素もすべて同じレベルで考慮されるわけではなく、裁判で、より重視されているのは(1)犯罪の性質(2)態様(3)結果の重大性などになります」

Q.京王線の事件では「小田急線の事件を参考にした」として、小田急線事件の際にサラダ油で火がつかなかったことから、ライター用オイルを用意するなど、より確実な方法を考えた旨の供述をしていると報道されています。こうした点は量刑で考慮されるのでしょうか。

佐藤さん「他の事件を参考にしながら分析し、事前にライター用オイルを用意するなど、より確実に目的を達成する方法を考え、実行に移している点は高い計画性がうかがわれ、量刑が重くなる方向で考慮されるでしょう」

Q.京王線の事件では11月1日時点の報道で、刺された男性は意識不明の重体とされています。死刑になる可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「報道によると『(逮捕された容疑者は)電車座席に座っていた男性に殺虫スプレーを噴射した後、ナイフで右胸を刺し、殺害しようとした。男性は意識不明の重体で一命をとりとめたとみられる』『車両を移り、2リットル入りペットボトルに入れたライター用オイルをまいて火を放ち、車内で火災を発生させた。男女16人が煙を吸うなどして軽傷を負った』とのことです。不幸中の幸いで、現状では死者が出ていないため、死刑になる可能性は低いでしょう。

まだ捜査中の事件ですので、今後の行方を見守る必要があります。仮に刑事裁判にかけられ、量刑を判断されることになれば、密閉された電車内での凶行で、ナイフで胸を刺すなど生命を奪う危険性の高い行為をしたこと、放火したことにより、多くの人々を恐怖に陥れていること、計画性が高いこと、動機も『2人以上殺して死刑になりたかった』という身勝手なものであることなど、さまざまな事情が考慮されることになるでしょう」

(オトナンサー編集部)

【写真】京王線車内でたばこを吸う服部恭太容疑者と事件後、騒然とする国領駅

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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