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教師の魅力訴える「#教師のバトン」 「100連勤」など過酷実態投稿で炎上した背景

大学入試改革など、高等教育を中心にしたさまざまな問題について、教育ジャーナリストである筆者が解説します。

「#教師のバトン」炎上の背景は?
「#教師のバトン」炎上の背景は?

 文部科学省は3月26日、教師という仕事(教職)の魅力をSNSでアピールしてもらおうという狙いで「#教師のバトン」プロジェクトを始めました。しかし、いざ始めてみると「残業が100時間を超えたり100連勤したり…」「新任ですぐに(先輩教師から)土日も出勤しようねと言われた」など過酷な勤務実態を訴える否定的な書き込みが集中する“炎上”状態を招いてしまいました。

 過労死ラインを超えて働く教員が小学校で3割、中学校で6割(2016年度文科省調査)という学校現場の厳しさは文科省も認識していたはずです。なぜ、こうなってしまったのでしょうか。背景を探ってみましょう。

進行中の改革を「広報」するはずが…

 文科省のホームページによると「#教師のバトン」は学校の職場環境の改善状況や情報通信技術(ICT)の効果的な活用方法、新しい教育実践など「学校現場で進行中のさまざまな改革事例やエピソード」をツイッターやnoteといったサイトに投稿してもらうことで、全国の取り組みや教師の思いを広く社会に知ってもらうとともに、教職を目指す人に役立ててもらおうという趣旨で始まりました。

 しかし、開始1週間を過ぎてもむしろ、現場の厳しい実態を訴える書き込みが目立ち、「教職の魅力の向上に向けた広報」(2月策定の「『令和の日本型教育』を担う教師の人材確保・質向上プラン」)としては逆効果の格好となりました。

厳しい実態、知っていたのに?

 文科省の公式noteでは「#教師のバトン」を立ち上げた背景を(1)教師という仕事はすべての子どもたちの可能性を引き出す創造的で魅力的なもの(2)一方で、教師を取り巻く環境は厳しい状況で危機感を持っている(3)そこで、3月12日に中央教育審議会(文科相の諮問機関)に諮問し、議論をスタートさせた(4)加えて、教職を目指す学生や社会人に、現職の教師が前向きに取り組んでいる姿を知ってもらうことが重要だと考えた――と説明しています。

 プロジェクトを検討する途中、教職を目指す学生や教職を断念した人とも意見交換をしたといいます。すると「報道されているような長時間勤務に耐えられるか不安」「教師になれるか自信をなくした」という「切実な声」(公式note)が寄せられたため、「一部の報道や、実習先など一部の学校の印象で教職を諦めるのはあまりにももったいない」と考えたとしています。つまり、「教師は過酷な業務だ」という「一部の情報」が広まり過ぎていると感じたというのです。

課題を先送りにしてきた中教審

 教員採用試験の倍率低下などに対する厳しい認識は、2016年9月に始まった国立教員養成大学・学部をめぐる有識者会議で既に出ていました。それ以来、中教審の部会なども含め、委員から、「優秀な学生ほど教師を避ける傾向がある。もっと教職の魅力をアピールした方がいい」という意見がしばしば聞かれるようになりました。

 一方、中教審では2017年6月に「学校における働き方改革」が諮問され、2019年1月に答申がまとまったものの、初等中等教育(幼児期から高校段階までの教育)全体の在り方も見直さなければならないと同年4月に改めて諮問が行われ、今年1月にまとまったのが「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」と題する答申でした。

 この中でも教師や教職員組織の在り方を検討したのですが、結局は議論を尽くせず、3月12日に改めて、「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方」を諮問することになりました。同日の中教審総会で、文科省事務局は2016年度に続く教員勤務実態調査を2022年度に実施することを明らかにしました。2019年答申の提言がどれだけ実現したかを同調査で検証してから次の段階を考えようというもので、これも2019年答申に盛り込まれていました。

 現実には2017年の諮問以降、次々と課題を先送りしてきたとみることもできます。過労死ライン超過が小学校で3割、中学校で6割という過酷な勤務状況が抜本的に改善された可能性は極めて低く、コロナ禍でむしろ悪化している可能性すらあるのです。

「魅力」アピールだけが取り出され

「教職の魅力発信」は1月の答申でも提言されていたことです。これを受けて発足したのが今回の「#教師のバトン」だったわけです。教師から「現場の声」を発信してもらおうという狙いは理解できます。もし、教師の働き方改革が進んでいた状況であったなら、「子どもたちの成長を支える喜び」「卒業生を送り出したときの感動」といった「教職の魅力」を語る「現場の声」が多く集まったかもしれません。

 しかし、これから中教審で教師の在り方を抜本的に議論しようとした矢先に「教職の魅力」アピールだけを取り出して発信しようとしたところに、文科省と学校現場の決定的なズレが生じてしまったわけです。萩生田光一文科相は3月30日の記者会見で、厳しい意見が多いことを踏まえた上で「投稿いただいた先生方の思いをしっかり受け止め、学校の働き方改革を進めていきたい」と語りました。

 勤務の厳しさもあって、教員を辞めたという人の投稿の中にこんな言葉がありました。「教員になったことは後悔していません。合唱コンクール、3年担任時の卒業式の感動は一生忘れません」。今回の「炎上」を単なる「ガス抜き」に終わらせることなく、本当の改革につなげてほしいと思います。

(教育ジャーナリスト 渡辺敦司)

渡辺敦司(わたなべ・あつし)

教育ジャーナリスト

1964年、北海道生まれ、横浜国立大学教育学部卒。日本教育新聞記者(旧文部省など担当)を経て1998年より現職。教育専門誌・サイトを中心に取材・執筆多数。

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