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中教審「個別最適な学び」が多忙な学校現場に与える不安

大学入試改革など、高等教育を中心にしたさまざまな問題について、教育ジャーナリストである筆者が解説します。

夏休みを9日間に短縮するなど、学校現場は多忙を極める(2020年8月、時事)
夏休みを9日間に短縮するなど、学校現場は多忙を極める(2020年8月、時事)

 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は現在、新しい時代に対応した初等中等教育(幼稚園から高校段階までの教育)の在り方を検討しています。10月に中間まとめを公表しており、年明けにも答申の予定です。そのタイトルがちょっとした波紋を広げています。春の一斉休校による授業の遅れの挽回や新型コロナ感染防止の対策などで、ただでさえ学校現場が例年以上に多忙な中に「また、新しい『学び』が国から降ってくるのか」と受け止められているからです。

コロナ禍で改めてクローズアップ

 中間まとめに付けられたタイトルは「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~すべての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」。審議自体は2019年4月に諮問を受けて行っていたものですが、今年に入って、新型コロナウイルス感染症が拡大したことを受けて、その対応を総論部分に反映させました。タイトルはそのキーワードをちりばめたものです。

 このうち、「日本型学校教育」とは、知・徳・体を一体で行う明治以来の学校教育のことです。欧米の学校は授業に特化し、道徳は家庭や教会で、スポーツは地域などで担うことが主流であることから、道徳教育も部活動などのスポーツも学校が担う教育は「日本型」と呼ばれています。同年齢の集団を集めて、学年や学級を構成する「年齢主義」、義務教育では基本的に落第のない「履修主義」も日本型学校教育の特色です。

 コロナ禍に伴う最長3カ月の休校措置は、そんな日本型学校教育を揺るがせた一方、学校に通う日常の大切さもクローズアップさせました。長期休校中に家庭学習で求められたようなオンライン授業と学校での対面授業を組み合わせた「学びのハイブリッド化」も含め、日本型学校教育のよさを時代に合わせて、維持、発展させようというのが「令和の日本型学校教育」です。

「個別最適な学び」めぐり懸念

 その理想はともかく、問題はサブタイトルにある「個別最適な学びと、協働的な学び」の部分です。とりわけ、「個別最適な学び」の定義が分かりにくいという指摘は中間まとめを行う前から、中教審委員の間に根強くありました。

 折しも、2020年度の小学校を皮切りに順次全面実施となる新しい学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング=AL)の視点による授業改善が求められています。「その上にさらに、新しい『学び』が求められる」と現場は受け止めかねないという懸念があったのです。しかし、中間まとめで見直されることはありませんでした。

 文部科学省は「個別最適な学びと、協働的な学び」が決して新しいものではないことを強調しています。「個に応じた指導」「指導の個別化」「学習の個性化」なら、これまでも学校教育の課題とされてきたことです。中間まとめでは「『指導の個別化』や『学習の個性化』を教師の視点から整理したものが『個に応じた指導』」であり、一方、「『個に応じた指導』を学習者(児童生徒)の視点から整理したものが『個別最適な学び』」だと従来の用語を使って、位置付けました。

 しかし、答申化の段階になっても「個別最適な学びと、協働的な学び」の説明文について、修正作業が続いています。中間まとめの位置付けでも、現場の不安は払しょくできそうにないようです。

AI時代に引きずられすぎ?

 実は「個別最適な学び」は今回初めて出てきたものではありません。2018年6月、政府が進める「Society5.0」(超スマート社会)に対応した人材育成を進めようと、文科省の若手職員が中心になってまとめた報告書に「公正に個別最適化された学び」として登場しています。同時期に、経済産業省の研究会も学習の「個別最適化」を提唱しています。

 もっとも、こうした用語は人工知能(AI)の「個別最適化学習」に引きずられた面が否めません。溝上慎一・桐蔭横浜大学長(教育学)は10月に開かれた中教審の部会に招かれ、「ここでいう『学習』は統計的に最適化を図るアルゴリズム(計算方法)のことであり、教育でいう『学習』と同じではない」と注意を促しました。

 コロナ禍では、学校現場について、オンライン学習のための情報通信技術(ICT)環境の整備が迫られました。そこで、政府は1人1台端末(小中学校)や校内通信ネットワークを整備する「GIGA(ギガ)スクール構想」を前倒しで実現することにし、実際に全国の教育委員会も本年度中にほぼ調達を終える予定です。

 中教審答申の総論は、そんな時代に対応した教育の在り方を高らかにうたうはずでした。それが逆に、コロナ対応にICTを使った授業改善が加わって、疲弊するばかりの学校現場に不安を与えているというのは何とも皮肉なものです。

(教育ジャーナリスト 渡辺敦司)

渡辺敦司(わたなべ・あつし)

教育ジャーナリスト

1964年、北海道生まれ、横浜国立大学教育学部卒。日本教育新聞記者(旧文部省など担当)を経て1998年より現職。教育専門誌・サイトを中心に取材・執筆多数。10月22日に「学習指導要領『次期改訂』をどうする―検証 教育課程改革―」(ジダイ社)を刊行。

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