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「教育再生」の安倍政権が教育界に刻んだもの、積み残したものは何か

大学入試改革など、高等教育を中心にしたさまざまな問題について、教育ジャーナリストである筆者が解説します。

全国一斉臨時休校を要請した安倍晋三首相(2020年2月、時事)
全国一斉臨時休校を要請した安倍晋三首相(2020年2月、時事)

 民主党からの政権奪還以降、7年8カ月にわたって続いた安倍晋三内閣もいよいよ、総辞職を迎えます。経済再生と並ぶ内閣の最重要課題として「教育再生」を掲げた政権でしたが、連続首相在任期間で最長記録を達成した安倍政権は、教育界には何を残したのでしょうか。

「教育再生実行会議」てこに政策実現

 第1次政権(2006年9月~2007年9月)で教育基本法の改正などを成し遂げた安倍首相は、同法の理念の徹底をはじめ、積み残した課題を速やかに「実行」することを目指し、首相直属の会議体として、第1次政権の「教育再生会議」に「実行」の2文字を加えた「教育再生実行会議」を2013年1月に設置しました。側近の下村博文氏を文部科学相兼教育再生担当相に就けたこともあって、当初は同会議をてこに次々と政策を実現していきました。

 2013年2月の第3回会合で早くもまとめた第1次提言「いじめ問題等への対応について」を受けて、同年6月に「いじめ防止対策推進法」が成立(同年9月施行)。道徳の教科化も文部科学省の懇談会や中央教育審議会(中教審)での審議を経て、小学校は2018年度から、中学校は2019年度から、検定教科書を使用した授業が行われています。

 第3次提言(2013年5月)に盛り込まれた「英語教育の早期化」は指導要領の改定サイクルを早めて、2020年度から「外国語活動」を小学校中学年から始めるとともに、高学年で教科化し、授業時間数も各学年で週1コマ分増やしました。第4次提言(2013年10月)が提案した2つの「達成度テスト」構想はその後の中教審で見直しが加えられたものの、2020年度からの「大学入学共通テスト」として結実。下村文科相(当時)は、英語を含む指導要領改定と、大学入試を含む高大接続改革の両輪による「明治以来の大改革だ」と胸を張りました。

 さらに、第9次提言(2016年5月)が提案した「給付型奨学金の創設」や、就職後の所得に応じて奨学金の返還額が決まる「所得連動返還方式」の導入(いずれも2017年度から)は政権の意向を背景にしなければ、文科省内で検討すらできなかったものでした。

 これらの施策は安倍首相の意向というより、もともと、教育改革に思い入れが強かった下村氏の強力なリーダーシップによるところが大きいものですが、安倍政権が7年8カ月で教育界に残した実績とはいえるでしょう。

行き詰まった施策も

 このように、さまざま施策を「実行」してきた安倍政権ですが、果たして、どれほど成果に結びついているのでしょうか。

 いじめ防止法で規定された深刻ないじめである「重大事態」の発生件数は、2018年度で602件(2017年度は474件)と減るどころか増えました。道徳科は「考え、議論する道徳」という理念を掲げて教科化したはずでしたが、日本学術会議は今年6月にまとめた報告書で、道徳科の教科書には問題を単純化するような素材が多く、理念に逆行した授業になりかねないことに懸念を示しています。

 大学入学共通テストの目玉だった「英語民間試験活用」や「国語・数学の記述式問題導入」は、2019年末までに見送りが決まり、小学校英語も、学校現場は新型コロナウイルス感染症の影響で休校になった授業を補うのに精いっぱいで、授業時間増どころではありません。

 2017年10月の総選挙公約に掲げて、2020年度から実現した高等教育の無償化は表明時から、「真に必要な」子どもに限定され、対象となる学生や大学・専門学校などにもさまざまな条件が付けられました。

学校現場の疲弊は進む

 それでも、安倍政権が想定した「教育再生」はその目覚ましいスタートダッシュを中心に、かなりの程度実現できたのかもしれません。その一方で、政治主導や官邸主導の強まりが、森友・加計両学園問題など「行政がゆがめられた」(前川喜平・元文科事務次官)事態を引き起こした面も否定できません。

 もう一つ忘れてはならないことがあります。学校現場はどうなったでしょう。くしくも第1次安倍政権が発足した時期に、文科省の2006年度教員勤務実態調査が行われていましたが、10年ぶりに行われた2016年度調査の結果は、小学校で3割、中学校で6割の教員が過労死ラインを超えて働いているという、職場環境の悪化を如実に示しました。

 今春の休校措置が最長3カ月に至ったのも、子どもは新型コロナの感染力が弱いと指摘されていたにもかかわらず、安倍首相が突然、3月中の全国一斉臨時休校を要請したのが発端でした。少なくとも学校現場は「再生」どころか「疲弊」が進んだと言わざるを得ません。

 今年7月に1年2カ月ぶりで再開した教育再生実行会議では、ポストコロナの教育として少人数学級も検討課題に挙がっています。もし実現できれば、ようやく教員の過酷な勤務実態を是正できる画期的なものになりそうです。同会議の存続も含め、次の内閣ではどうなるでしょうか。安倍政権が積み残した課題の行方を注視したいと思います。

(教育ジャーナリスト 渡辺敦司)

渡辺敦司(わたなべ・あつし)

教育ジャーナリスト

1964年、北海道生まれ、横浜国立大学教育学部卒。日本教育新聞記者(旧文部省など担当)を経て1998年より現職。教育専門誌・サイトを中心に取材・執筆多数。10月22日に「学習指導要領『次期改訂』をどうする―検証 教育課程改革―」(ジダイ社)を刊行。

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