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吉澤ひとみ被告は5年 よく耳にする「執行猶予」の意味や期間中の生活への影響とは?

裁判のニュースでよく耳にする「執行猶予」。その期間中、被告の生活には、どのような影響があるのでしょうか。

執行猶予の意味や目的とは?
執行猶予の意味や目的とは?

 酒気帯び運転でひき逃げをしたとして自動車運転処罰法違反(過失傷害)と道路交通法違反の罪に問われた、モーニング娘。の元メンバー・吉澤ひとみ被告の裁判で、東京地裁は11月30日、懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。

 判決理由について、裁判官は「呼気から高濃度のアルコールが検出された」「被害者の傷害の結果も顔面に傷痕が残るなど軽くない」ことから、「刑事責任は相当重い」と断罪。その上で、被告の反省状況や示談が成立していることを踏まえ、「さらに反省を深める時間が必要」として通常よりも長い5年の執行猶予期間とした、と説明しています。

 この判決について、SNS上では「しっかり反省してほしい」「執行猶予5年って、重いのか軽いのか分からない」「執行猶予期間中は普通に生活できるのかな」など、さまざまな声が上がっています。執行猶予の意味や、被告の生活への影響について、芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

海外旅行や就職に制限も

Q.そもそも、執行猶予とは何でしょうか。

牧野さん「有罪判決を下す際、被告人に更生の余地がある場合に、収監するよりも早く社会復帰を実現できることから、刑の執行を猶予(延期)する制度です。

例えば、懲役2年、執行猶予5年の判決が言い渡された場合、5年間は懲役刑の執行が猶予されます。再び犯罪を行うことなく猶予期間を経過すれば、言い渡された刑罰(懲役2年)を受ける必要はなくなります。つまり、執行猶予付きの判決を受けることができれば、被告人はその時点からすぐに社会復帰できるのです。

懲役3年までの有罪判決の場合に、最低1年以上、最長5年までの執行猶予を付けることができます」

Q.執行猶予が付与されると、被告はどうなるのでしょうか。また、付与されていない場合はどうなりますか。

牧野さん「執行猶予の付与の有無は、『刑務所に入るかどうか』の点で非常に大きな違いがあります。執行猶予が付かない有罪判決(実刑判決)の場合、判決が下されると、速やかに刑務所に収容されますが、執行猶予付き判決の場合は、直ちには刑務所に収容されません」

Q.執行猶予と「無罪」の違いは何でしょうか。

牧野さん「執行猶予が付いても『有罪判決』には変わりませんので、無罪ということではありません」

Q.執行猶予付きの判決後、生活にはどのような影響や制限がありますか。

牧野さん「日常生活においては、次のような制限があります」

【海外旅行】

 日本のパスポート取得の段階で制限を受けます。執行猶予期間中のパスポートは、渡航先・有効期間が限定された「限定パスポート」で、発行するには判決謄本や旅行計画を提出し、事前の申請をしなければなりません。審査の結果、限定パスポートも発行されない場合があります。ただし、執行猶予期間が経過すれば有罪判決の効力が失われ、一般パスポートが発行されます。

 詐欺罪で有罪判決を受け、執行猶予期間中であることを隠して「一般旅券」(パスポート)を取得した会社役員が、旅券法違反(虚偽申請)で逮捕されたケースもあります。

 次に、旅行先の国で入国を拒否される可能性があります。米国をはじめ、多くの国では『罪を犯したことがあるかどうか』を入国書類で尋ねられます。例えば、米国の入国書類は、期間の限定なく犯罪歴を尋ねるため、執行猶予期間の経過後もしばらくハワイに行けなくなるかもしれません。海外旅行が好きな人には大きな代償です。

【仕事】

 法律の規定により、公務員(警官や自衛隊員を含む)や教職員は、執行猶予付きであっても禁錮刑以上が確定すれば失職します。また、禁錮刑以上の有罪者が就けない仕事ではないとしても、会社など所属する組織の就業規則により、懲戒解雇も含めた懲戒処分を受ける可能性も高いでしょう。なお、弁護士、医師、公認会計士、弁理士など資格が必要な職業には就けなくなります。

【その他】

 有罪判決が確定したという事実については、戸籍謄本や住民票などに記載されることはなく、一般に公開されません。そのため、通常は不動産関連(家を借りる/買う、引っ越しをするなど)、婚約・結婚・離婚、出産、借金、国内旅行、選挙権、就職には原則影響しないでしょう。

 ただし、ネット上には、掲載された情報がいつまでも残ってしまうため、採用や結婚などの際、相手の情報をネット検索することで前科の有無が分かってしまう可能性があります。最近では、「前科経歴は要配慮の個人情報である」ことを理由に、プロバイダーに削除要求を行うことが裁判で認められています。

Q.執行猶予期間中に、再び罪を犯してしまった場合はどうなりますか。

牧野さん「執行猶予期間中に他の犯罪をして裁判で有罪になると、原則として執行猶予は取り消され、刑務所に入らなければなりません。この場合、前に下された執行猶予付き判決の懲役に加え、執行猶予期間中に犯した罪に対する刑期も加算された期間、服役しなければなりません。

ただし、新たな犯罪による刑が1年以下の懲役または禁錮であって、さらに、特に酌量すべき事情がある場合、再び執行猶予が付くケースもあります。

なお、猶予期間中の交通違反については、青切符の交通違反で反則金を支払った場合、執行猶予の取り消しにはなりません。しかし、裁判所で罰金を受けた場合には、裁判所の裁量で執行猶予が取り消されることがあります」

Q.執行猶予期間が終了すると、どうなりますか。

牧野さん「再び犯罪を行うことなく猶予期間(吉澤被告の場合は5年)を経過すれば、言い渡された刑罰(同懲役2年)を受ける必要はなくなり、前述のパスポートの制限などがない通常の生活に戻ることができます」

Q.吉澤被告の「執行猶予5年」について、どのように思われますか。

牧野さん「執行猶予は5年が上限のため、懲役2年のわりには長いのではないかと思います。深く反省を促す裁判所の思いが伝わってきます」

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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