中国アパレル会社が「大谷翔平」商標登録出願 「木村拓哉」「YOASOBI」「羽生結弦」も…なぜ?
今年2月、中国のアパレル企業が「ロサンゼルス・ドジャース」の大谷翔平選手の「大谷翔平」という名前を商標登録していたと報じられました。どのような問題があるのか、知的財産権に関する業務を行う弁理士の永沼よう子さんに直撃しました。
今年2月、中国のアパレル企業が、米国大リーグ「ロサンゼルス・ドジャース」の大谷翔平選手の「大谷翔平」という名前を商標登録していたと報じられました。過去には、北米男子バスケットボールのプロリーグ「NBA」の大スターだったマイケル・ジョーダンさんの名前も中国企業が申請を出し、裁判で争われたりもしました。どのような問題があるのか、知的財産権に関する業務を行う弁理士の永沼よう子さんに聞きました。
「木村拓哉」「YOASOBI」「羽生結弦」も商標登録出願
Q.まず、企業が人気の著名人の名前を商標登録することはできるのでしょうか。出願は個人でもできるのでしょうか。
永沼さん「はい。“人の名前”の商標登録は、個人だけではなくも企業もできます。これまで、本人以外の第三者が氏名を商標登録することは原則として認められていませんでした。著名人の場合などは商標登録をタレント本人以外の所属プロダクションが行うことがあったものの、その場合でも必ずタレント本人の承諾をもらうことが必要とされていました。
ですが、2024年4月1日に施行された改正商標法により、人の名前を商標登録するための要件が緩和されました。どういうことかといいますと…。
(1) 同じ氏名に一定の知名度を有する他人が存在しないこと。
(2)氏名と出願人との関連性が相当あり、商標登録に不正の意図がないこと。
(1)と(2)が満たされれば、本人の許可なく商標登録を受けることが可能になりました。
(2)については、所属事務所とタレント本人との相当な関連性があると考えられるため、今後は本人の承諾なく商標登録がしやすくなると思います。
『相当な関連性』というのは、例えば、『芸能事務所たる出願人が考案した芸名であって出願人と業務上の関係がある者が使用している場合』などとされています。
では、プロダクションがタレントの芸名の商標登録を行う主な理由ですが、『所属タレントの育成やプロモーション』にかかった先行投資を保護したり、『タレントの名前の使い方を正しく管理してブランドイメージを守る』といったことが挙げられます。
商標登録により、第三者が同じ芸名を使用して活動することを制限して、プロダクションの利益やタレントのブランド価値を守ろうというわけです。その中には、独占的にグッズ販売をするなどして新しい利益を得る目的もあります。
ちなみに氏名の商標登録ですが、『有名人であること』といった要素は関係ありません。有名でなくても商標登録が可能ですし、(1、2)の要件を満たせば、第三者であっても商標登録が可能になっています。
どうしてこのように規制が緩和されたかといいますと、ファッション業界を中心に、例えばデザイナーの氏名を『ブランド名』に用いることが多くありました。すでに広く知られたブランドも多い中で、同姓同名の他人が存在する場合は商標登録ができない…となると、なかなかブランド戦略が進みません。そのため、必ず他人の承諾が必要であるとする『商標法第4条第1項第8号』の要件について、緩和の要望が多く出されていたのが、きっかけです」
Q.もし、著名人が、全く関係のない企業や人物に商標登録されると、どんな問題が生じるのでしょうか?
永沼さん「まったく関係のない第三者が意図的に著名人の名前を商標登録する場合、一般的には以下のような狙いがあると考えられています。多発している中国での『日本の有名人の名前が先に商標登録されてしまう問題』を具体例にして説明します。
(1)『ライセンス契約』今後中国で、そのタレントが活動したりグッズを販売したい場合、中国での商標登録の範囲で権利使用料を支払う必要があります(使用料徴収で権利者にもうけが出ます)
(2)『商標権の売却』該当のタレントが今後中国で自由にビジネス的使用をしたい場合は商標権を購入することも考えられます(商標権の売却で権利者にもうけが出ます)。
中国では有名人の氏名に限らず、この『商標の先取り出願』と呼ばれる行為が多く見られています。外国企業の商品名や海外の有名人の氏名、地名などが第三者によって中国で先に商標として出願・登録されてしまっています。そして、このような商標登録が障害となり、本家がいざ、中国進出を計画する際に困ってしまう、というケースが相次いでいます。
過去には、ビジネスを展開する前に中国で商標登録をしていなかったため、いざ中国で展開しようという時に、先に権利を持っていた人物から数千万円で商標権を購入したような事例もありました。
すでに中国で商標登録されている例です。
「木村拓哉」メガネ、サングラスなど
「新垣結衣」服、靴、帽子など
「YOASOBI」時計、アクセサリーなど
「岸田文雄」や「大谷翔平」なども現在、中国で出願中になっています。
過去には『クレヨンしんちゃん』や『無印良品』をはじめ、中国企業による勝手な商標登録が通ってしまうことが一般的でしたが、最近では中国の最高人民法院が示した司法解釈や商標法の改正によってその数は減少傾向にあるといわれています。
とはいえ、民間では、まだまだこのような先取りを“企てている”と思われる出願が減っていないと思います。
中国において『相当な有名人』でないと認定される場合などは、うっかり登録されてしまうことがあるので、注意が必要です。将来的に中国での商売を視野に入れている場合には、やはり本家が先に商標登録を済ませておくべきでしょう」
Q.後日、裁判を起こすことは可能なのでしょうか。また、どのようなことで争ったりするのでしょうか。
永沼さん「今年の注目の判決をご紹介します。有名な日本の美容機器ブランド『ReFa(リファ)』の商標を巡る訴訟です。
販売元のMTGが、中国で商標権を取得しようとしましたが、現地の会社によってすでに登録されてしまっていました。そこでMTGは商標権の取り下げを求めて中国の知的財産当局に対し、無効審判を申し立てました。
その結果一部の商標が無効とされました。さらにMTGは裁判所に訴訟を提起し、先取り業者による商標の不正行為を認める判決も下されました。
中国政府の改正商標法の影響もあって、こうした商標の悪意ある出願の防止が強化されてはいます。
日本企業が商標の先取り競争に苦しむ中、こうした判決は解決策として大変参考になるのですが、すべてのケースで同様に判断されるとは限りません。中国市場に参入する際には、やはり商標登録出願も早急に行うことが大切です。
現在出願中の『大谷翔平』の商標についてはまだ結論が出ていませんが、審査において拒絶される可能性も充分にあります。しかし、現地の出願人は『大谷翔平を知らなかった』と答えるなど、中国での知名度も争点となりそうです。
また、中国では商標登録が確定する前に、この商標は登録されるべきではないという『異議申立て』をすることが可能です。仮に登録されてしまった場合でも、悪意ある商標出願であるということを理由に無効審判を請求することができます」
Q.マイケル・ジョーダンさんの裁判も詳しく教えていただけますか。判決後、どのような変化が起きているのでしょうか。
永沼さん「出願段階では、中国ではこれまでに『羽生結弦』の商標登録出願が11件ありましたが、そのうち日本の正規マネジメント事務所である『team Sirius』による2件(化粧品やジュエリーなどの名前) を除いて、すべて拒絶されています。
このように出願段階で拒絶されてしまえば問題ないのですが、マイケル・ジョーダンさんのように一度登録されてしまうと大変です。
ジョーダンさんと、中国企業「喬丹体育」との間で、8年にもわたる法廷闘争が繰り広げられ、その判決が注目を集めました。
ジョーダンさんの中国での当て字は「邁克爾・喬丹」となりますが、「喬丹」とバスケットボール選手をかたどったマークの組み合わせが商標登録され、商標の取り消しを求める訴訟を起こしました。
ジョーダンさんは、同社が彼の知名度を悪用して不当な利益を得ていると主張しましたが、一方の喬丹体育は、「喬丹」は米国人 の一般的な名前である「Jordan」の中国語訳であり、ジョーダンさんの権利は侵害していないと反論していました。
最終的に最高人民法院は、この商標が商品に付けられると、消費者は誤解し、それがジョーダンさんとの特別な関係やライセンスを意味する、つまり本物である と誤解しやすくなり、その結果、ジョーダンさんの権利が侵害されていると認定しました。“ジョーダン”じゃ、すまされませんよね」
(オトナンサー編集部)
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