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入浴は週1回程度、かび臭い自室…どん底の44歳ひきこもり弟を立ち直らせた姉の“行動力”

親の代わりに兄弟姉妹がひきこもりの当事者をサポートする事例について、社会保険労務士が解説します。

ひきこもりの当事者を兄弟姉妹がサポートするケースが増えている
ひきこもりの当事者を兄弟姉妹がサポートするケースが増えている

 筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。

 浜田さんによると、子どもが自宅にひきこもる状態が長期間続くと、親子ともに行動を起こす気力すら失ってしまうことがあります。最近では親子の高齢化に伴い、ひきこもりの当事者の兄弟姉妹が相談に訪れ、親の代わりにサポートするケースが増えているということです。20年以上ひきこもりを続ける弟をサポートする姉の事例をモデルに、浜田さんが解説します。

いつの間にか働かない状態が当たり前に

 ある日、ひきこもりの弟(44)のことで相談をしたいと姉(46)から依頼を受け、私は事情を伺いました。

 姉によると、弟は22歳で大学を卒業後、ある会社に就職しましたが、人間関係がうまくいかず、1年もたたないうちに辞めてしまいました。両親は弟に対して「そろそろ再就職をしたらどうか」と助言することもありましたが、弟からは「働くつもりはある。何とかする」といつも同じような答えが返ってくるばかりで、具体的な行動を起こすことは一切ありませんでした。

 そのようなやりとりが続いた結果、弟が働かない状態が当たり前のようになってしまい、両親は何も言わなくなってしまいました。

 当時、姉も「弟を何とかしなくては」という気持ちはありましたが、20代で結婚してからは両親と別居。子育てと仕事で目まぐるしい毎日を送ってきたため、弟のことまで手が回らなかったそうです。

 その後も弟は何も行動しないまま、20年以上ひきこもりの生活を続けてきました。1日中自室にこもることが増え、部屋のカーテンは閉めっ放しで窓を開けず、掃除をまったくしないため、室内ではかびのような臭いが漂っていたということです。また、入浴や着替えの頻度は週に1~2回ほどに減っていました。

「弟はこの先も就労が難しいかもしれない。それならば、せめて障害年金が受給できないものだろうか」

 子育てがひと段落した姉はそのように考え、私に相談することに決めました。

姉の熱意と行動力が弟を動かす

 弟は口ばかりで行動に移すことがなく、今まで精神科や心療内科を受診したことはないということでした。障害年金を受給するには医療機関の受診が必要なため、弟には「これから病院を受診してもらう必要がある」ということになります。

「果たして受診してくれるのだろうか」

 私は少し不安を覚えつつ、まず障害年金の種類について確認しました。姉によると、弟の国民年金保険料は父親がずっと支払ってきたそうです。そのため、弟は障害基礎年金を請求することになります。

 仮に障害基礎年金の2級に該当した場合、金額は次のようになります。

障害基礎年金 月額6万6250円
障害年金生活者支援給付金 月額5140円
合計7万1390円
※いずれも2023年度の金額

 私は合計金額の部分を指さしながら言いました。

「仮に月5万円を貯蓄していったと仮定すると、10年で600万円、15年で900万円になります。もちろんこの金額まで貯蓄できるとは限りませんが、それでも数字で伝えることで、弟さまが受診に前向きになるかもしれません」

 すると姉が質問しました。

「弟は『就労する気持ちはある』と言っています。もし途中で働けるようになったら、障害基礎年金はもらえなくなってしまうのでしょうか」

「それはケース・バイ・ケースです。パートやアルバイト、障害者雇用などで支援を受けながら働いても、障害基礎年金は引き続き受給できる可能性が高いです。一方、一般就労で特に職場で支援を受けずにフルタイムで残業もこなせるくらいに回復すれば、障害基礎年金は停止されてしまう可能性もあるでしょう」

「働いたら障害基礎年金が必ずもらえなくなるわけではないのですね。少し安心しました。弟に受診してもらったら、すぐに障害年金の請求をしたいと思っています」

 姉の発言に違和感を覚えた私は、請求時期についても確認しました。

「障害年金は受診してすぐに請求できるものではありません。請求は初診日から1年6カ月たったときからです」

「1年6カ月後…。もっと早く請求することはできないのでしょうか」

「障害によっては、初診日から1年6カ月が経過する前に請求できる特例もあります。例えば心臓にペースメーカーを入れたり、体内に人工関節を入れたり、急性腎不全で人工透析を開始したりした場合などです。しかし、精神疾患の場合はその特例がありません」

「そうなのですね…」

 姉は残念そうな表情を浮かべました。

「何はともあれ、まずは弟さまが医師の診療を受けるところから始めましょう。そして月に1回程度の受診を継続していただき、1年5カ月目くらいから書類の準備をすることになります。その際は私もお手伝いすることもできるので、ご安心ください」

「専門家の方にご協力いただけるのは心強いです。手続きの際はお願いしたいと思います。まずは弟と両親を交え、家族で話し合ってみます。それでもうまくいかないようでしたら、もう一度ご相談させてください」

 私はうなずいた後、最後に言いました。

「お姉さまの何とかしたいお気持ちも分かりますが、あくまでも弟さまの意思が大事です。弟さまに無理強いすることのないようにお気を付けください」

「分かりました。もう私が何とかするしかないので、やるだけやってみます」

 姉は決意を込めた目でそう言いました。

 私との面談後、姉は家族会議を開きたいと家族に申し出ました。最初、弟は乗り気ではありませんでしたが、姉が根気強く説得し、やっと弟も会議に参加することになったそうです。

 会議では私との面談で確認した内容を話すとともに「障害基礎年金を請求するためには、まず医師の診療を受けること。その後も受診を継続する必要がある」ということも共有しました。

 さらに「両親も高齢になりつつあり、今から行動を起こさないと後がない」「将来のためにお金をためておく必要がある」「早く行動に移せばそれだけ多くの貯蓄ができる」ということも熱意を込めて伝えたそうです。

 姉の情熱が伝わったのか、弟は重い腰を上げ、病院で診療を受けることになりました。初回は弟と母親、姉の3人で病院に行き、その後、月1回の通院は姉が同行するようにしているそうです。

 家族とはいえ、人を動かすことは並大抵のことではありません。口で言うだけでなく、実際に行動を共にするとなると、かなりの覚悟や忍耐、体力が必要になることでしょう。姉の情熱と行動力には私も驚くばかりでした。

(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田裕也)

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浜田裕也(はまだ・ゆうや)

社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー

2011年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本「第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え」を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことから、社会貢献の一環としてひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりの子どもを持つ家族の相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として、利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりの子どもに限らず、障がいのある子ども、ニートやフリーターの子どもを持つ家庭の生活設計の相談を受ける「働けない子どものお金を考える会」メンバーでもある。

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