滝のように血が流れ…柳刃包丁を振り下ろした薬物中毒者 護身術の重要性~実録・ボディーガード体験談
「逃げる」選択肢は「ない」ケースの方が多い
やむを得ないとはいえ、相手にけがをさせているので、告訴も覚悟していましたが、訴えられはしませんでした。正直、ベストの対応とはいえませんが、クライアントの社長に喜ばれたのは幸いです。
その後も次々と「招かざる客」が現れる、休む間のない現場でした。とにかく1人きりで手一杯だったので、緻密さとは常に程遠い状態なのです。身辺警護というより、用心棒ですね。正直に言って、かなり運に助けられていたと思います。
また、彼らは横のつながりがなく、複数人で来ることが少なかったのも幸いでした。襲われる回数は多かったですが、相手が少人数だったので何とかなったのです。狭い事務所で、本気で乗り込んできた大勢に襲われたら、1人ではとても防ぎ切れません。結果的にこの案件は無事に終わりましたが、計画の重要さを痛感しました。
プロによる警護も個人の防犯も、被害に遭わないためには「危険の予測」が必要です。多くのトラブルは、それだけで回避することができます。とはいえ、毎回プラン通りにはいきません。中には避けようのない攻撃もあるのです。
襲われたときに大事なのは「逃げること」とよくいわれます。確かにそれが大前提です。警護計画でも、避難ルートの選定は重要な項目です。しかし現実には、「逃げる」という選択肢が「ない」ケースの方が多いのです。つまり、最悪の場合は戦わざるを得ないことになります。
護身術とは、車に例えるとエアバッグです。作動しないのがベストですが、最後の安全装備として欠かせません。ただし護身術の場合、圧倒的に有利なのは先手です。しかし、いくら相手が危険な人物でも、先制攻撃ができる人は少ないでしょう。恐怖だけでなく、過剰防衛など、その先のことを考えればブレーキが掛かるのは当然といえます。
一方で、多くのケースでは、“今”を優先しなければ自分や大事な人を守ることはできません。「ペナルティー」と「守るべきもの」…これらを一瞬でてんびんにかけるという無理難題が、現行法では求められます。
危機意識とマナーは相関関係があります。一般的に「マナー違反」といわれる行為は、周りに迷惑なだけでなく、危険を招きやすいのです。その最たる例が「歩きスマホ」でしょう。周りにぶつかりやすいということは、情報がシャットダウンされた無防備な状態であり、防犯や護身の観点からいうと致命的といえるのです。
残念ながら、最終的に護身術は必要です。護身術を必要としないためには、危険から意識的に遠ざかるしかありません。そして多くの人には、この意識が足りないように感じます。
(一般社団法人暴犯被害相談センター代表理事 加藤一統)
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