節約&投資で早期リタイア目指す「FIRE」が話題に その問題点とは?
経済的自立と早期リタイアを目指す「FIRE」が話題となっている点について、さまざまな社会問題を論じてきた評論家が、ある問題点を指摘します。
近年、「FIRE」(Financial Independence,Retire Earlyの頭文字を取った言葉)という言葉を耳にするようになった人も多いのではないでしょうか。これは、経済的自立と早期リタイアを意味する言葉で、主に投資による運用益だけで生活できる状態を目指す生き方です。米国が発祥といわれており、日本でも話題となっています。こうした“FIREブーム”について、さまざまな社会問題を論じてきた評論家の真鍋厚さんが、ある問題点を指摘します。
「FIREの目的化」は本末転倒
「働かないで生きていくことができたら…」
そんな思いを一度でも抱いたことがある人は、多いのではないでしょうか。これを実現するために、「富裕層と結婚して、専業主婦(主夫)になる」「生活保護を受給する」などが考えられますが、いずれもあまり現実的な方法ではありません。富裕層との結婚は、難易度が相当高いでしょう。そもそも、専業主婦(主夫)は、家事や子育てをしなければならないので、形を変えた労働といえます。
生活保護は、けがや病気などで働けずに生活が困窮している人を対象とした制度です。社会人として普通に生活している人が受給を試みることは、制度の趣旨に反しますし、不正受給にもなり得ます。当たり前ですが、資産ゼロの状態でいきなり働かなくても生きていくというのは不可能です。
それでは、働かずに生活するのに現実的な方法とは、何なのでしょうか。一定の資産を築いた後に、生活費の安い海外に移住したり、投資の運用益で生活費のすべてを賄ったりする事例があります。このうち、後者が「FIRE」と呼ばれ、近年話題となっています。
FIREは若いうちに貯蓄に励み、投資の運用益だけで生活できる状態を目指すという考え方です。運用益はまさに不労所得であり、これにより早期のリタイアを実現し、会社や仕事にとらわれない自由が謳歌(おうか)できるというわけです。そのためには、お金をためつつ、投資を始めなければなりませんが、早い人は30代、40代でFIREを達成しています。
例えば、お笑いタレントの厚切りジェイソンさんは、30代でFIREを達成。しかも、自身を含めた家族5人が運用益だけで暮らしていけるだけの額です。さすがに一般の人にはまねできませんが、1人暮らしの場合はどうでしょうか。
FIRE達成に必要な資産の基準は、一般的に「年間支出の25倍」といわれています。例えば、年間支出が200万円の場合、必要な資産は5000万円です。5000万円をためるには、月10万円を貯金に回すと仮定しても、40年以上かかります。しかし、年間支出を100万円に抑えた場合は2500万円で済みます。これなら20年ほどです。
厚切りジェイソンさんは「ジェイソン流お金の増やし方」(ぴあ)で、「とにかく支出を見直せ、支出を抑えろ」と繰り返し解説しています。その理由は「支出を減らした方が、新たに所得を生み出すよりはるかに費用対効果が高いから」(前掲書)です。実際、彼はコーヒー好きを公言していますが、店や自動販売機で一切購入しません。インスタントコーヒーで作ったコーヒーを2リットル容器に入れて持ち歩くほどの節約家なのです。
FIREを達成しても…
生活費を切り詰め、投資の運用益だけで食べていけるようになった、つまりFIREを達成したと仮定します。すると、重要な問題が出てきます。「空いた時間に何をするのか」です。本格的なリタイアの場合、一般的な定年退職と同様、仕事をしていた時間がすべて自由時間となります。無趣味で人付き合いに乏しい高齢男性などは、リタイア後に「定年後うつ」を患うことが少なくありません。
そのため、FIREを指南する識者の一部は、セミリタイアを勧めています。つまり、厚切りジェイソンさんのように、いつでも不労所得が得られる状態を維持しつつ、仕事を続けるという生き方です。この場合、以前と違ってお金を優先する必要がないので、「一度働いてみたかった業界に飛び込む」「会社を辞めて自営業を始める」「NPO法人に入る」など、自分がしたい仕事を優先できる利点があります。
「早期リタイアで空いた時間に何をするのか」を真剣に考えると、「どう生きるのか」という人生の本質的なテーマにぶつかります。仕事から解放されるのはとても魅力的ですが、私たちは仕事によってアイデンティティーと自尊心を保っているところがあるので、「アイデンティティーと自尊心のよすがをどこに求めるのか」という課題が常に付いて回ります。
FIREは「よりよい人生を送るための手段」
米国の若者にFIREムーブメントを巻き起こしたベストセラー「お金か人生か 給料がなくても豊かになれる9ステップ」(ヴィッキー・ロビン/ジョー・ドミンゲス著、岩本正明訳、ダイヤモンド社)で唱えられていたのは、「仕事と賃金の分離」による「仕事の再定義」でした。
著者のヴィッキー・ロビンは社会活動家で、共著者のジョー・ドミンゲスも生前、ボランティア活動をしていましたが、この2人にとって、FIREはよりよい人生を送るための最良の手段という位置付けです。つまり大切なのは、FIREを通じて自分にとってのミッションを再発見することなのです。
もしFIRE自体を目的にしてしまうと、FIREの達成が生きがいの喪失に直結する恐れすらあります。本来であれば、どのような人たちとどういう人生を歩むのか、どのような価値観を大事にしたいのかを抜きに、FIREを語れないのです。
さらに付け加えると、所得の大部分を貯蓄し、浪費せず、ひたすらFIRE達成に向けて働く場合、食費の節約によってかえって不健康になったり、必要なスキルを得るための自己投資をケチったり、新しい出会いの可能性を閉ざしたりといったマイナスの影響が懸念されます。お金をためること以外はムダだと考え、支出を減らすことだけに全力を注ぐことは、QOL(人生の質)の低下と隣り合わせといえます。
また、病気や事故、災害などの不確定要素によるリスクは絶対に避けられません。
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