オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

「悪質クレーム」が“犯罪”になるとき 脅迫、強要、セクハラ…の法的問題

コンビニや飲食店などで、従業員と顧客がトラブルになることがあります。中には悪質なケースもあるようですが、どこからが犯罪になり得るのでしょうか。弁護士に聞きました。

悪質クレーム、どこから犯罪に?
悪質クレーム、どこから犯罪に?

 コロナ禍でストレスがたまっている人も多い中、コンビニや飲食店などで、従業員と顧客がトラブルになることがあります。接客業経験者の中には、暴言や土下座の強要、セクハラ、説教、「ネットに悪い評判を書き込んでやる」などの脅迫、「料金を無料にしろ」などの理不尽な要求、お冷やの水を浴びせられるなど、悪質なクレームを受けた経験のある人が少なくないようです。

 SNS上では「お客さんに『死ね』って怒鳴られたことある」「セクハラまがいのことを言われときは本当に怖かった」「いくら客だからって、やっていいことと悪いことがある」「これもう、犯罪じゃない?」など、さまざまな声が上がっています。悪質クレームの法的問題について、芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

「土下座」は強要罪の可能性

Q.クレームが悪質だと判断するためのポイントや、実際に犯罪になりうるクレームの種類について教えてください。

牧野さん「刑法上の脅迫罪、暴行罪、強要罪、恐喝罪、威力業務妨害、傷害罪、名誉毀損(きそん)罪、侮辱罪の各犯罪にあたるかどうかが『悪質クレーム』の一つの基準になります。各犯罪にあたる可能性がある悪質クレーム行為の具体例は次の通りです」

【殺すぞなどと脅す】

「SNSに悪い評判を書き込んでやる」「おまえを殺すぞ」「親を殺すぞ」「妻子を殺すぞ」「痛い目を見させるぞ」「おまえの子どもを傷つけるぞ」「家を燃やすぞ」「組の者には話をつけた」など、他人とその親族の生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫する行為をした場合、脅迫罪(2年以下の懲役または30万円以下の罰金)にあたる可能性があります。

【威嚇や脅迫をする】

「お冷やの水を人のいない方にまく」「机をたたいて威嚇する」などの暴行行為(傷害に至らない行為)は暴行罪(2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)にあたる可能性があります。また、「大声を上げる」「机をたたく」などの行為で、その場にいる人たちを怖がらせ、無理に要求を通そうとして営業の邪魔をする行為など、威力を用いて人の業務を妨害する行為は威力業務妨害(3年以下の懲役または50万円以下の罰金)にあたる可能性があります。

【土下座や謝罪を強要する】

「土下座の強要」「謝罪文の提出」「担当者の辞職」など、他人とその親族の生命、身体、自由、名誉もしくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、または暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害する行為は強要罪(3年以下の懲役)にあたる可能性があります。

さらに「SNSで悪評を流されたくなかったら、慰謝料100万円払ってもらうぞ」「傷つけられたくなかったら、料金をタダにしろ」など、人を恐喝して、過剰・理不尽な金品や利益を要求する行為は恐喝罪(10年以下の懲役)にあたる可能性があります。「脅迫罪」「強要罪」「恐喝罪」の違いは、一定の行為や金品の要求があるか否かです。

【セクハラ行為をする】

悪質クレームの中でも、セクハラ行為については上記の犯罪にあたる可能性がある他、地方自治体が定めている迷惑防止条例違反(痴漢行為やつきまとい行為、6月以下の懲役または50万円以下の罰金)、強制わいせつ罪(暴行または脅迫を用いてわいせつな行為をした者、6カ月以上10年以下の懲役)、強制性交等罪(暴行または脅迫を用いて13歳以上の人に性交等をした者、5年以上20年以下の懲役刑)の犯罪にあたる可能性があります。

牧野さん「その他、顧客にけがをさせた場合は(『お冷やの水を浴びせる』も含む)傷害罪(人の身体を傷害、5年以下の懲役または50万円以下の罰金)、顧客の名誉を傷つけた場合は名誉毀損罪(事実の摘示によって社会的評価を低下させる、3年以下の懲役刑または禁錮もしくは50万円以下の罰金)、または侮辱罪(公然と人を侮辱。拘留または科料、ただし来年以降に『1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金』に厳罰化される予定)にあたる可能性もあります」

Q.客から悪質なクレームを受け、何らかの不利益を被った場合、従業員や店側は客に対して、何らかの法的手段を取ることはできますか。

牧野さん「これまでに述べてきた犯罪をすることによって、他人に損害を発生させた場合、加害者は被害者に対し、その損害(慰謝料)を賠償しなければなりません(民法709条の不法行為)。例えば、電話で1回脅迫した場合は数十万円になるケースが多いでしょう。なお、このような悪質クレームへの対応としては『電話の会話を録音し、犯罪の証拠を確保する』『具体的な金品の要求をしてもらい、恐喝罪で告訴できるようにする』などが考えられるでしょう」

Q.悪質なクレームを巡るトラブルについて、過去の事例・判例はありますか。

牧野さん「悪質クレーマーに対する裁判例ではありませんが、参考になる例があります。加害者が酒に酔った上で被害者に電話をかけ、約30秒間、『ぶっ殺す』『ぶっ飛ばす』などと言い続けた行為を巡る慰謝料請求訴訟で、東京地裁は20万円の慰謝料の支払いを命じました(2013年8月29日判決)。

また、部下に対する上司のパワハラで、電話で『辞めろ、辞表を出せ』『ぶっ殺すぞ、お前』と言ったケースでは、東京地裁が70万円の慰謝料の支払いを命じています(2012年3月9日判決)」

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

コメント