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五輪選手のワクチン優先接種、五輪用医師募集…進め方に問題はない?

東京五輪選手へのワクチン優先接種が現実のものとなりました。五輪用の医師、看護師の募集も表面化しています。この進め方に法的問題はないのでしょうか。

大会組織委の橋本聖子会長(左)と丸川珠代五輪相(2021年2月、時事)
大会組織委の橋本聖子会長(左)と丸川珠代五輪相(2021年2月、時事)

 東京五輪・パラリンピックに出場する選手に対し、新型コロナウイルスのワクチンが提供されることを5月6日、国際オリンピック委員会(IOC)が発表しました。米ファイザー社などがワクチンを無償提供し、日本代表選手も対象となる見込みです。

 東京五輪の日本代表選手へのワクチン優先接種を巡っては、4月上旬に「政府内で検討している」と報道され、丸川珠代五輪相らは否定していましたが、菅義偉首相は5月7日の記者会見で「(4月中旬に訪米した際)ファイザー社との協議で、各国の選手団にワクチンを無償で供与したいとの申し出があった」と説明しています。

 現在、ワクチンの優先接種の順番は、医療従事者、高齢者、基礎疾患のある人や高齢者施設などの従事者の順となっていますが、高齢者の接種が完了しないうちに選手への接種が始まることになりそうで、五輪代表選手からは戸惑いの声も上がっています。五輪のための医師・看護師の募集を含め、東京五輪の進め方に法的問題はないのか、佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

優先順位は「公平性」重視

Q.ワクチン接種の優先順位の一部変更、特に「五輪選手だから」と特別扱いされる点について、国民の生命を守るという観点や、「法の下の平等」という観点から、どのような問題があるか、改めて教えてください。

佐藤さん「今回、五輪・パラリンピックに出場する選手に対し、米ファイザー社が無償提供するワクチンは、日本政府が国民のために契約しているものとは『別枠』であることが強調されており、国民の生命を守りながら、選手への優先接種もかなうかのようなメッセージが発信されています。しかし、ワクチンの打ち手(医師や看護師)は限られており、選手への優先接種を実施すれば、高齢者などへの接種が遅れたり、医療従事者の活動に影響が出たりする可能性を否定できないでしょう。

ワクチン接種の優先順位は『なるべく多くの国民の生命を守る』という観点から、『公平性』を重視して決めるべき問題だと思います。国民の生命は憲法が保障するさまざまな人権の大前提であり、何より重要なものです。そのため、特に公平性の確保が重要になります。『法の下の平等』の理念は『合理的理由のない差別を許さない』というものであり、選手への優先接種に必要性や合理性がどこまであるのかが問われるでしょう。

丸川珠代五輪相によると『5月末から五輪開幕までに選手1000人程度、監督やコーチ1500人程度への2回接種』が予定されているようですが、この計画を実行することで、医療従事者にどれだけの負担を与えるのか、本当にこれら全員に行き渡らせることは可能なのか、また、そもそも、選手についても接種は義務付けられているわけではなく、接種対象になっていない大会関係者もいることを考えると、果たして、この計画を実行することで大会の安全性を確保できるのか不透明です。

こうした不確定要素が多い中、それでも、選手への優先接種を行う必要性や合理性があるといえるのか、国民へ十分な説明をしない限り、多くの国民の納得は得られないと思います」

Q.4月に五輪選手への優先接種が話題となったときは、政府内での検討ということでしたが、今回は「IOCからの提案」「ファイザー社からの無償提供申し出」ということになっています。相手からの申し出ということで、優先接種を政府が決めた場合でも、責任は免れる、もしくは責任の度合いは減るのでしょうか。

佐藤さん「先述したように、結局は『国民の生命を守りながら、選手への優先接種もかなうのか』という問題だと思います。

例えば、医療の状況などを踏まえ、選手への優先接種の実施が国民へのワクチン接種を大幅に遅らせたり、医療従事者の活動に影響を与えたりする可能性があるのに、楽観的な見通しで突き進んだような場合、政府の政治責任は重く、たとえ相手側の申し出であっても、責任の度合いが減るとは考えられないでしょう。きちんとした根拠に基づき、合理的な判断がなされたかどうかが重要になると思います」

Q.五輪代表選手からも「ワクチン接種は平等にすべきでは?」「五輪選手だけ優先はおかしい」といった声が上がる一方、選手個人への批判も懸念されます。ワクチン接種について、選手個人を誹謗(ひぼう)中傷した場合の法的問題を教えてください。

佐藤さん「選手を誹謗中傷した場合、内容や態様によっては、民事上、損害賠償責任を負ったり、刑事上、侮辱罪などの罪に問われたりする可能性があります。コロナ禍は社会の分断を招き、自分とは異なる価値判断をした人に対して厳しい感情を抱きやすくなっています。選手個人は何も悪くないこと、誹謗中傷は相手を傷つけるだけでマイナスしか生み出さないことを心に留めておく必要があります」

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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