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「高梨沙羅選手の潔さ、評価を」…ジャンプ失格で涙、識者はどう見た?

北京冬季五輪スキー・ジャンプ競技での高梨沙羅選手の失格が波紋を広げています。高梨選手はどのような規定に違反し、その結果をわれわれはどう受け止めればよいのでしょうか。

1回目が失格となり、涙を流す高梨沙羅選手(2022年2月、時事)
1回目が失格となり、涙を流す高梨沙羅選手(2022年2月、時事)

 北京冬季五輪のスキー・ジャンプ混合団体で2月7日、高梨沙羅選手がジャンプスーツの規定違反によって、1回目のジャンプについて失格となりました。涙を流しつつもスーツを替えて2回目に臨み、K点越えのジャンプを見せて、日本チームは4位に入りましたが、高梨選手は8日、自身のインスタグラムを更新。「日本チームのメダルのチャンスを奪ってしまったこと」などについて、「誠に申し訳ありませんでした」と謝罪の言葉をつづりました。

 高梨選手はどのような規定に違反し、その結果をわれわれはどう受け止めればよいのでしょうか。一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事の江頭満正さんは「結果を潔く受け入れた高梨選手と日本選手団を評価すべきだ」と語ります。江頭さんに話を聞きました。

高梨選手と日本選手団は「よき敗者」

Q.まず、ジャンプスーツなどの規定と、今回高梨選手が失格となった理由について教えてください。

江頭さん「国際スキー連盟による測定方法ガイドライン(2020年10月5日)によると、まず、体の測定について『測定中、選手はゆったりした姿勢で立っていなければならない。服はショーツ(スリップタイプ)1枚とする。股下の測定は、地面から股下までの垂直測定とし、脚はまっすぐで足は40センチ離さなければならない』などと、かなり細かく規定されています。

スーツの測定に関しての記載は『スーツの外側を測定する。スーツはまっすぐ平らで、しわがないことをチェックすること。スーツに選択されたポイントをマークし測定する』と、脱いだ状態で測定することになっています。

高梨選手の失格について報道では、スーツのももの部分が規定より2センチ大きかったと、伝えられており、『ジャンプスーツはすべての箇所で選手のボディーにぴったり合うもののでなければならない。直立姿勢でスーツ寸法はボディー寸法と一致しなければならず、最大許容差はスーツのあらゆる部分においてボディーに対し女子スーツは最低2センチ、最大4センチとする』という部分に違反していたと考えられます。誤差最大4センチであるべきところを、2センチオーバーしていたため、『測定誤差の範囲を超えている』と判断されたのでしょう。

2021年6月版の国際競技規則(ICR)223.6では『失格の決定は、ジュリー(審判員)から書面で行うこと』とされており、失格の理由が書かれた書面を日本選手団が受け取っているはずで、今回もその流れで、高梨選手の失格が決定されたと考えられます。

また、ICR の224.7には、ペナルティーを科す前に、違反に問われている人物には、口頭または書面により抗弁する機会が与えられる、との記載もあります」

Q.スーツが規定と違うことで、飛距離にどのくらいの差が出るものなのでしょうか。

江頭さん「2018年に行われた、スポーツにおける生体力学に関する国際シンポジウムで発表された『スーツがスキー・ジャンプの空力特性に及ぼす影響』という論文では、スーツの表面積が1%増加すると、K点100メートルのジャンプ台で、8.25メートル飛距離が伸びると結論づけています。

また、オーストラリア・メルボルンのRMIT大学、航空宇宙学のChowdhury氏の論文によると、スキー・ジャンプのスーツについて、股下の部分に関しては、V字ジャンプで開脚することにより表面積が増すだけでなく、空気を受けてへこみができ、スーツの寸法にわずかな違いがあっても、揚力が増すとしています」

Q.高梨選手以外にも失格になった選手がいました。

江頭さん「国際スキー連盟の公式サイトの記事には、『4つのトップチームのメンバーは、スーツがルールに準拠していなかったため失格となった。その後、これらの失格が、その日の主要なトピックになった』との記載があり、高梨選手同様、スーツの規定違反で失格となったとみられます」

Q.そもそも、飛ぶ前に検査していればいいように思うのですが。

江頭さん「競技開始前に、スーツと身体の測定は、全競技者を対象に行われています。しかし、運営上、競技開始まで悪天候などで、時間が空いてしまう場合もあります。その間に、測定したスーツより、有利なスーツに着替えるという考えを抑止するために、競技直後に抜き打ちで測定が行われています」

Q.日本同様に失格者が出た国の選手や関係者からは、判定に批判の声も出ています。

江頭さん「失格になった競技者の中には、納得いかない人もいるとのことですが、正式に抗議を申し出てはいないようです。ワールドカップのときと計測方法が異なる、という意見もあるようですが、オリンピックとワールドカップは、ルールが同じでも、その審査方法をより厳密にすることは当然ともいえます。

ジャンプ後の測定に関しても、ワールドカップでは測定員1人ですが、オリンピックでは2人体制になっています。今回のスーツサイズ規定確認は、人的ミスによる誤審は起きにくいです。競技中の一瞬の出来事を判定するようなケースと違い、測定数値は審判員のスキルによる影響は少ないでしょう。

ジャンプ混合団体の審判員は、アメリカ、中国、チェコ、ノルウエー、ロシアオリンピック委員会の5人でしたが、ノルウエーチームからも2人失格が出ています」

Q.高梨選手は2回目のジャンプで好成績を挙げた一方、メダルが取れなかったことについて、自身のインスタグラムで謝罪の言葉を述べ、「今後の私の競技に関しては考える必要があります」とまで言及しています。私たちは、今回の事態をどう受け止めればいいのでしょうか。

江頭さん「スポーツマンシップの原則として、『審判を尊重する』という事項があります。その理由は、審判のミスや悪意によって、スポーツ競技は簡単に壊されてしまうからで、審判員には、フェアなだけでなく、経験と技量の高さが求められます。そうした審判と競技を行うと、プレーヤーは素晴らしいスポーツ体験ができます。感動的なプレーには、素晴らしい審判が必要不可欠なのです。

高梨選手や日本選手団が、審判員の判断に反論しないのは潔く、スポーツマンシップのかがみと言えます。敗戦後の態度を重視し、『GOOD LOSER(よき敗者)』としての行動を貫いているから、判定の是非について沈黙を守っているのではないでしょうか。スポーツマンシップを理解していない人たちが、高梨選手らに無神経な声を浴びせないことを祈るばかりです」

(オトナンサー編集部)

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江頭満正(えとう・みつまさ)

独立行政法人理化学研究所客員研究員、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事

2000年、「クラフトマックス」代表取締役としてプロ野球携帯公式サイト事業を開始し、2002年、7球団と契約。2006年、事業を売却してスポーツ経営学研究者に。2009年から2021年3月まで尚美学園大学准教授。現在は、独立行政法人理化学研究所の客員研究員を務めるほか、東京都市大学非常勤講師、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会理事、音楽フェス主催事業者らが設立した「野外ミュージックフェスコンソーシアム」協力者としても名を連ねている。

コメント

1件のコメント

  1. 飛ぶ前に検査で解る事、抜き打ち検査、検査方法を変える、検査員メンバーの影響者変更 失格は違法
    強く抗議してすぐさま