自閉症で重度知的障害の息子は入園願書ももらえず…障害児は問題児じゃない、理解ある社会へ
「よく来てくれましたね」
当時、自宅から通える範囲にある幼稚園は全部で5カ所ありました。その全てに足を運び、息子を受け入れてくれないか相談しましたが、全ての幼稚園から言葉を濁されました。息子の発達の遅れを話すと、園内を見せることすらしてくれない園もありました。中には「受け入れますよ」と言ってくれる園もありましたが「一切、特別扱いはしない」と念を押されました。
障害があると、どうして、こんなに居場所を得られないのかと悔しくてたまりませんでしたが、嘆いていても誰も助けてはくれません。東京中の地域を視野に入れて、都内の数十カ所の幼稚園や役所、相談機関に電話をしました。「どこかに息子を迎え入れてくれる幼稚園はあるはずだ」と信じて、ひたすら動いたのです。
そして、やっと出会いました。息子を拒絶するどころか、大歓迎で迎え入れてくれる幼稚園と先生に。初めて、その幼稚園に行ったとき、園長先生は満面の笑みを浮かべて、こう言ってくださったのです。
「よく来てくれましたね」
その言葉に涙があふれました。入園願書を渡すことさえ拒否されたときの涙とは違います。今度はうれしさと安堵(あんど)からの涙です。息子には加配(障害のある子どもに対応するため、追加で人員を配置する制度)の先生がつくことになり、翌年春、ようやく、幼稚園に入園できました。筆者の家族は息子の入園のためだけに、その幼稚園のある地域に引っ越したのです。
先生たちの手厚いサポートを受け、息子は楽しい幼稚園生活を送り、並行して、療育の施設にも通いました。地域のたくさんの人たちに支えられて、筆者と息子はやっと、「居場所」を手に入れたのです。
「障害児」は「問題児」ではない
こうして、わが家は引っ越しまでしてようやく、居場所を手に入れました。しかし、本来は地域や障害の有無にかかわらず、誰もが安心して過ごせる居場所を得られるべきですし、自由に通園先や通学先の選択ができる世の中であってほしいと思います。発達の遅れや障害があるというだけで、入園前からひとくくりに「厄介ごと」「問題児」として切り捨てられるのは、あまりに理不尽だと思うのです。
最近では「インクルーシブ(障害の有無などにかかわらず、あらゆる立場の人を社会の構成員として受け入れる理念)」という言葉が広まり、共に生きる社会に向けての理解が進んでいる面もありますが、間接的に地域から障害者を排除している事例はまだ、多いのではないでしょうか。
「障害児」は障害があるというだけで「問題児」ではありません。息子は引っ越し先の幼稚園で、卒園まで、一度も問題を起こしたことはありませんでした。先生からも友達からも他の保護者たちからも、とてもかわいがられて育ちました。だから思うのです。
「障害児」を「問題児」にしてしまうのは合理的配慮のない環境と、周囲の無理解ではないのかと。障害がある子どもがどこにいても、地域から受け入れられる社会であってほしいと思います。どんな親子も笑顔で毎日を過ごせるように願ってやみません。
(ライター、イラストレーター べっこうあめアマミ)
障害児は問題児ではないよ。だけど加配が必要なんでしょ?「何も差別も区別もしない」園では満足しないの?
問題を起こさないから他の子と同じ程度のお世話ならしてくれると言って貰ったんでしょ?
それが何で嫌なの?
障害がなくても確かに問題児は沢山います。
でもそれは矯正が効くけど障害は矯正できないでしょ?だから対応できない。
それを対応しろというのはただのワガママだと思う。専用の幼稚園なりは探せばあるはずなのに、そちらは行ったのかな?
子供の成長度合いが成長曲線から大きく外れる子の場合、きちんと合わせて教育してくれる施設に行くべきだと思うよ。
確かに申込書を渡してくれない、というのは問題だとおもうけどね(申し込みは受け付けてしっかり落とすべきだと思う。役所に対応してもらう為にも)。