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子どもに見せられない…懸念や批判も テニス選手がラケットをたたきつける理由は?

プロテニス選手の中には、試合中にラケットをたたきつける選手もいます。批判を受けるにもかかわらず、なぜ、ラケットをたたきつけてしまうのでしょうか。

試合中、ラケットをたたきつけるセリーナ・ウィリアムズ選手(2018年9月、AFP=時事)
試合中、ラケットをたたきつけるセリーナ・ウィリアムズ選手(2018年9月、AFP=時事)

 コロナ禍でも観客の人数制限を行った上で野球やサッカーなどの試合が行われており、テレビで観戦する人も多いのではないでしょうか。ところで、プロテニス選手の中には、試合中にラケットをたたきつけて壊す選手もいます。この行為に対し、ネット上では「子どもに見せられない」「見ていて気持ちがよいものではない」「最低な行為」などの意見が寄せられているほか、ラケットメーカーからも批判の声が出ることがあります。

 批判を受けるにもかかわらず、なぜ、試合中にラケットをたたきつけてしまうのでしょうか。瞑想(めいそう)などの指導を通じて、スポーツ選手のトレーニングのサポートも手掛ける、ヨガスタジオアルモニ(神奈川県厚木市)代表兼インストラクターの吉川里奈さんに聞きました。

アドレナリン分泌が関係か

Q.プロテニス選手の中には、試合中にラケットをたたきつけてしまう選手もいます。なぜなのでしょうか。

吉川さん「ラケットに当たる行為は自分自身への怒りの表現です。思い通りのプレーができなかった自分への憤りをあらわにして、無意識のうちに発散しているといえます。物事がうまくいかないとき、人はどのように行動するでしょうか。例えば、『うまくいかない』というモヤモヤした気持ちを発散するために、両腕を振るようなしぐさをすることがあります。また、『ああ、もうっ!』といった声を出す人もいますが、これも、うまくいかないことでたまるストレスを発声により発散させています。

また、自分の伴侶や親など身近な人に対して、モヤモヤした気持ちをぶつけてしまった経験はないでしょうか。怒りやモヤモヤの標的は身内が対象になりがちです。ある意味、身近な人に甘えているのです。そういう意味では、テニス選手がラケットをたたきつける行為は、自分の一部ともいえるラケットに怒りをぶつけて発散することで、気持ちをリセットしていると捉えられます」

Q.野球選手が試合中にバットやヘルメット、グラブをたたきつけることはありますが、卓球選手やバドミントン選手が試合中にラケットをたたきつけることは少ないと思います。それだけ、テニスは他のスポーツよりも試合時の精神的な負担が大きいのでしょうか。

吉川さん「試合中に道具に当たってしまうのは、ホルモンの一種であるアドレナリンが出やすいスポーツかどうかが関係します。アドレナリンは『闘争』や『逃走』、すなわち、エネルギーを急激に使用する興奮状態において、脳から分泌されます。これはパワー系の競技において顕著です。陸上競技の短距離選手と長距離選手をイメージすれば分かりやすいと思うのですが、競技直後のインタビューなどを見ても選手の興奮状態が違います。

同じラケットスポーツである、テニスと、卓球やバドミントンとの大きな違いはボール(バドミントンはシャトル)の重さとコートの広さです。テニスはボールが重く、コートが広いため、パワーが必要です。逆に、バドミントンのシャトルや卓球の小さなボールと台では、パワーも大切ですが、より繊細なコントロールが求められます。

もちろん、個人差もあり、試合中に一切道具に当たらないテニス選手や野球選手もいますし、反対に、バドミントン選手や卓球選手の中にも、道具に当たる選手がいないとも限りません。しかし、アドレナリンは攻撃性にもつながるため、パワー系の競技の選手やパワーを持ち味にする選手は他の選手に比べて、道具に当たりやすい傾向があります」

Q.「試合中にラケットをたたきつけたら公式戦出場停止」など、試合中に道具に当たる行為へのペナルティーをルール化することで、抑止につながるのでしょうか。

吉川さん「サッカーでエキサイトした選手が、レッドカードが出ると分かっているのに行動をやめられない状況を見たことがあると思います。『退場となり、チームに迷惑をかけると分かっているのに、それでも自分を制御できない』といったことが生じるのは、怒りは本能的なもので、頭では分かっていても止められないからです。

もちろん、強いペナルティーがあれば、ある程度の抑止力になりますが、抑止しようという理性に情動が勝ってしまえば、『カッとなってやってしまった』という言葉が表すように、行動を抑えられないこともあるでしょう。自分の心をコントロールできず、感情に振り回されているうちは理性が情動に敗北してしまうのです」

Q.では、試合中によく、ラケットをたたきつけるプロテニス選手や、バッドやグローブなどをたたきつける野球選手が心理的なトレーニングによって、一切たたきつけずに試合を終えることは難しいのでしょうか。

吉川さん「トレーニングとは『こういう体や心になりたい』という理想の状態に近づけていくことなので、本人が意識的に取り組めば可能だと思います。

心のトレーニングは客観性が大切です。『私の心は今怒っている』『私の心は今悲しんでいる』といったように『心(マインド)』を見る存在がいることで、冷静さを保てます。ヨガの哲学では、心を物質と同じように変化する対象として、変化しない見る存在(意識)を自己として、物質や心から自己を切り離して考えます。そういう意味で、内観(自分の意識やその状態を自ら観察すること)や瞑想は、心を扱い、コントロールする側に立つトレーニングですのでとても有効です」

精神面を鍛えるには?

Q.精神面を鍛えるために、スポーツ選手がヨガや瞑想をトレーニングに取り入れるケースは増えているのでしょうか。また、その効果は。

吉川さん「スポーツ選手がヨガや瞑想をトレーニングに取り入れる割合は増えてきていると思います。例えば、ここ数年、ゴルフやビリヤードの選手がトレーニングの一環として、ヨガや瞑想を学ぶために、私が運営するヨガスタジオにいらっしゃいました。こうした傾向もあり、非常勤講師として授業を担当している大学の体操競技部に対して、体のコンディショニングとメンタルトレーニングのためにヨガを教える試みも始めています。

メジャーなアスリートでは、サッカーの長友佑都選手、テニスの錦織圭選手がヨガや瞑想を取り入れていることで有名です。ヨガは柔軟性向上や体幹トレーニングでもあり、体のコンディショニングやケアにもよいですが、メンタルトレーニングの一環として、『集中力の向上』『モチベーションの向上』『動きのイメージトレーニング』などにも応用できます。そもそも、ヨガのポーズは体を使った瞑想なのです」

Q.自分のストレスを一時的に発散するためとはいえ、スポーツ選手が試合中に道具に当たった場合、ファンやスポンサーにどのような印象を与えるのでしょうか。

吉川さん「道具に当たることや道具を破壊するような行為は、たとえ自分の道具であっても暴力的に映ってしまいます。同じスポーツを行っているファンであれば、選手の悔しさや憤る気持ちが分かるかもしれませんが、メジャースポーツとなれば、そのスポーツをやっていないファンも多くいるため、単純に道具への暴力として受け止めてしまうでしょう。さらには、選手に憧れている子どもたちはそれを『かっこいい』と感じてまねをするかもしれません。

プロのトップアスリートはメディア露出も多く、社会的影響が大きいです。スポンサーはそのアスリートの印象に対価を払っているのですから、スポンサーがついているアスリートがスポンサーの意向も大切にしなければならないのは確かです。道具を大切にしない行為は決していい印象は与えないと思われます」

(オトナンサー編集部)

吉川里奈(きっかわ・りな)

ヨガスタジオアルモニ 代表兼インストラクター

東京都生まれ。東海大学大学院体育学研究科で健康心理学やスポーツ心理学を学び、修了後、複数の大学の非常勤講師や、大手インストラクター養成スクールの講師経験を経て、2010年、ヨガスタジオアルモニを神奈川県厚木市で開設。2020年、同スタジオ併設のスクールとして、AYJヨガスクールを開校。東海大学や湘北短期大学の非常勤講師も務める。ヨガスタジオアルモニHP(https://www.harmonie-yoga.com/)。

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