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32歳ひきこもり長男を無年金の危機から救う「追納」「全額免除」制度

ひきこもりの人にとって、公的年金は貴重な収入源。ところが、加入状況によっては年金が一切もらえないケースもあるようです。

公的年金に関する情報共有をしよう
公的年金に関する情報共有をしよう

 親亡き後、ひきこもりのお子さんの収入は主に公的年金(国民年金)になります。しかし、大切な収入源であるにもかかわらず、ご家族の話を聞くと「子どもの国民年金がどうなっているのかよく分かっていません」と曖昧にしているケースも見受けられます。「国民年金の加入状況は」「将来いくらもらえそうか」といったことは親子でしっかりと情報共有し、より有利な制度があれば早めに切り替えの手続きをすることが大切です。

納付猶予のままだともらえない

 筆者は全国でひきこもりのお子さんを抱える家族や支援者を対象に、お子さんのお金や生活設計について講演する仕事もしています。ある講演が終わった後、50代くらいの女性から声をかけられました。「長男の国民年金について相談をしたい」ということだったので、後日面談をすることになりました。相談者の家族構成は次の通りです。

・母  59歳 パート 
・長男 32歳 無職(ひきこもり)
・父は1年前に死亡
・現在は母子の2人暮らし。遺族年金と母のパート収入で生計を立てている

 長男は10代の頃、学校での友人関係がうまくいかず不登校になってしまいました。その後も社会との接点をあまり持つことなく、ひきこもり状態が続きました。20歳になったとき、自分でいろいろと調べた後、市役所で国民年金の手続きをしてきたそうです。母が尋ねると「支払いは心配しないで。何とかしてきたから大丈夫」と返事しました。モヤモヤしつつも、それ以上は尋ねなかったそうです。筆者は母親に聞きました。

「当時、ご長男はどのような手続きをされたのでしょうか?」

「実は、納付猶予の手続きをしていたのです。先日の講演を聞いてドキっとしましたが、納付猶予の場合、長男は老齢基礎年金(国民年金)をもらえないんですよね?」

「その通りです。納付猶予の手続きをして認められた場合、国民年金の保険料は支払わなくてよくなります。つまり、毎月の支払いは0円になります。納付猶予であれば未納扱いにならないので、催告状が届いたり財産を差し押さえられたりすることはありませんが、一方で将来もらえる老齢基礎年金も0円です」

老齢基礎年金を増やすには

年金の概算表
年金の概算表

 このまま納付猶予を続けている限り、長男は老齢基礎年金を一円ももらえません。そこで、筆者は追納制度を説明しました。

「追納とは、納付猶予や免除をしていた期間のうち10年前までであれば、さかのぼって保険料を支払うことで老齢基礎年金がもらえる制度のことをいいます」

 母親は疑問を口にしました。

「10年すべての期間分を支払わなければいけないのでしょうか?」

「そんなことはありません。1カ月分や半年分など希望する月数分だけ追納できます。ただし、追納できる期間は10年前までです。例えば、現在が2019年11月だとしたら2009年11月分から追納していくことになります。逆にいうと2009年10月以前の期間は時効により追納できません」

「分かりました。実際どのくらいの金額を支払って、年金はいくらもらえるようになるのでしょうか?」

「2009年度の追納保険料は1カ月あたり1万5280円です。追納保険料は年度によって異なるので、詳しくは日本年金機構のホームページで確認してください。とりあえず追納期間を3年、5年、10年とした場合で比較してみましょう」

 筆者は概算した表を作成し、母親に示しました。表を見た母親の表情は曇っていました。

「結構お金を払うのに、年金はそんなに増えないんですね。払い損になりそうな気もするし、追納した方がよいのかどうか悩んでしまいます…」

「追納保険料は1カ月あたり1万6000円前後です。支払った保険料を年金で回収しようとすると約10年かかります。65歳からとすると65歳+10年=75歳なので、75歳でトントンになるといえます。男性の平均余命は82歳くらいですから、必ずしも払い損になるとは言い切れません。あとは家計の状況と照らし合わせながら、追納するかどうかを決めてください」

「分かりました。約10年で元が取れる計算なんですね。それならば、できるだけ追納をしてみようと思います」

 母親はそう答えました。

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浜田裕也(はまだ・ゆうや)

社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー

2011年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本「第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え」を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことから、社会貢献の一環としてひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりの子どもを持つ家族の相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として、利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりの子どもに限らず、障がいのある子ども、ニートやフリーターの子どもを持つ家庭の生活設計の相談を受ける「働けない子どものお金を考える会」メンバーでもある。

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