高齢の飼い主に取り残されるペットたち…作家・藤谷治さん、近所の老猫を引き取る決断
高齢者が飼っていたペットが、飼い主の病気や入院が原因で行き場を失うケースが増えているようです。
9月20~26日は「動物愛護週間」ですが、高齢化社会が進む中、ペットを飼っている人が病気などの理由でペットを手放さざるを得ないケースが増えています。中には、自宅にペットを置いたまま入院するケースもあるようです。
高齢の飼い主はどのようにペットと向き合うべきなのでしょうか。近所の老夫婦が飼っていた猫を引き取った体験を基に小説「猫がかわいくなかったら」(中公文庫)を執筆した作家の藤谷治さん、猫の診察にあたった成城こばやし動物病院の小林元郎院長に聞きました。
室内に倒れた奥さんと猫
小説の主人公は、定年まであと4年のサラリーマン吉岡と妻の多恵子です。近所の老夫婦が入院し、飼われていた老猫の面倒を見ることになりました。ところが、周囲は誰も吉岡夫妻に手を差し伸べようとはせず、夫婦は次第に疲弊していき…という内容です。
Q.小説では、老夫婦の猫の面倒を見るようになり、それまでの生活が激変する様子が描かれていましたね。
藤谷さん「内容の大半は、僕が実際に体験したことです。小林先生は『K医師』として小説に登場しています」
小林さん「僕は、藤谷さんがこんな大変な状況になっているとは、この本を読んで初めて知りました。来院された当時、なぜこんなにイライラしているのだろうと思いました(笑)」
Q.当時はどのような状況だったのですか。
藤谷さん「元々、近所のアパートに住んでいた老夫婦の猫をどうにか助けたいという思いで、関わることになりました。彼らは話し相手がいない様子だったので、声をかけることはありましたが、積極的に関わっていたわけではありません。そのうち、ご主人が糖尿病で入院し、奥さんに認知症らしき症状も出てきましたが、頼れる人がいないようでした」
Q.その後、奥さんが自宅で倒れ、救急隊が来る騒動となったのですね。
藤谷さん「たまたま、僕の妻が奥さんと思われる女性から電話を受けたものの、何を言っているのか分からないまま電話が切れてしまいました。異変を感じ、アパートに向かったところ、奥さんが倒れていて、室内に猫がいるのに気付きました。現場に到着した救急隊員は奥さんの対応にかかりきりで、猫のことはまったく気にしていませんでした」
Q.高齢者が入院してペットが取り残されるケースは増えているのでしょうか。
小林さん「増えていると思いますが、問題が表面化していません。行政側も知ってはいますが、彼らにとっては、数字に上げるような内容ではありませんし、猫の死を報告する必要もありません。今回は藤谷さん夫妻の介入で猫の命が助かりましたが、そうでなければ、鍵の閉まった部屋に閉じ込められていたかもしれません」
藤谷さん「もし、部屋で猫が死んでいたとしても、大家や解体業者が『ひどい目に遭った』と思うだけで終わります。でも、それでいいのかと思います。もし『あそこのおばあさん最近見ないね』と大家に尋ねて、『入院して家も引き払った。そのとき、猫が死んでいて大変だった』と聞かされることになっていたら、僕も妻も本当につらかったと思います」
Q.よく猫の世話を引き受けましたね。
藤谷さん「猫のためなら、たとえ面倒なことに巻き込まれると思っても、好意でやります」
Q.なぜ、そんなに猫が好きなのですか。
藤谷さん「愛する以外にどうしようもない存在だからです。小説でも登場する『ちゅら』という猫が2月に死にました。苦しそうな様子で、次第に弱っていきながら最期を迎えましたが、当時は僕もおたおたして、どうしたらよいか分からず、泣きました。
動物を飼うということは、動物の死に接することでもあり、この経験は人間にとって大切です。猫の死が近づくにつれ、なでることしかできませんでしたが、その過程で『生きる』ということがどれほど大切かを学びました」
小林さん「ウサギやチャボなどの動物を飼う小学校が減ってきていて、死というものを真正面から考える機会が減っています。動物を飼うということは『死』の教育であり、死を理解することだと思います。そうすれば、命を慈しむ、他者を思いやることができるようになると思います。
ペットをホビー(道楽)のように扱う人がいます。『再起動すれば動物が生き返る』と思っている子どももいます。人工知能が発達していくからこそ、生き物と接して感性を磨くことは、人間がこれから社会で生きる上での大切な能力になると思います。動物や植物を生活の中に取り入れて生きていくという文化を、醸成していかなければならないと思います」
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