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痴漢に「安全ピン」を刺して撃退する行為、正当防衛にあたる? 相手がけがをしたら?

痴漢被害にあったとき、安全ピンで撃退する手法が話題です。加害者にけがをさせる可能性もありますが、正当防衛にあたるのでしょうか。

安全ピンで痴漢の手を刺したら…
安全ピンで痴漢の手を刺したら…

 ネット上で先日、「痴漢被害にあったときには安全ピンを使って撃退したらいい」との投稿をめぐり賛否両論が起こりました。安全ピンは、使い方によっては痴漢の加害者にけがをさせてしまう可能性がありますが、この痴漢撃退法は正当防衛として認められるのでしょうか、あるいは過剰防衛になるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

必要最小限の防衛行為かどうか

Q.法的に見て、どこまでが正当防衛で、どこからが過剰防衛かという線引きはあるのですか。相手に苦痛を与えたり、けがをさせたりしたら正当防衛になるのでしょうか。

牧野さん「傷害罪とは『人の生理機能に障害を与えること』ですので、他人に危害を加えて傷ができれば成立します。ただし、相手から与えられそうな被害から身を守るため、やむを得ずしたものと評価されれば正当防衛となり、違法でなくなる可能性があります。

正当防衛が成立するためには、防衛行為の相当性や必要性がポイントになります。他の方法で被害を防げなかったのか、被害を回避するための必要最小限度の防衛行為だったかが判断基準です。明確な線引きがあるわけではありません。

正当防衛は刑法36条1項で定められており、『急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない』とあります。いわゆる『過剰防衛』は、同条2項で『防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、または免除することができる』と示されています」

Q.電車内で痴漢被害に遭ったとき、安全ピンで加害者の手を刺したとします。「相手がチクっと痛みを感じる程度で刺した」「痴漢被害に遭った恐怖から、意図せず加害者の手から血が出るほど深く刺してしまった」、それぞれの行為は正当防衛でしょうか、過剰防衛でしょうか。

牧野さん「正当防衛か過剰防衛か具体的に判断することは難しいです。ただ、一般的に罪状が決まるときは、まずは罪に問われた上で、その後、情状などに配慮して減刑、免除されることになります。他人を安全ピンで刺すことで傷ができれば、傷害罪が成立する可能性がありますので、正当防衛が認められて罪を問われないのはハードルが高いといえます。

『この人痴漢です!』と大声をあげるなど、他の方法で痴漢を制止できたと認定されれば、安全ピンで刺す必要性がないとして正当防衛が認められず、傷害罪にあたる可能性があるでしょう」

Q.痴漢の加害者から、安全ピンで刺したことに対して「やりすぎだ」と訴えられた場合、刺した側は民事上の責任も問われますか。

牧野さん「故意過失の権利侵害により損害を与えたとして、不法行為による損害賠償請求が認められる可能性があります。これは安全ピンだけではなく、コンパスやカッターを使った場合でも同様です」

Q.痴漢は冤罪(えんざい)も起きやすい犯罪と言われています。もし、痴漢と間違えて安全ピンで無実の人を刺してけがをさせてしまった場合、刺した側は罪に問われますか。また、刺された側は、損害賠償の請求など何らかの法的措置を取ることができますか。

牧野さん「正当防衛とは、『急迫不正の侵害に対して自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずした行為』であるため、『急迫不正の侵害』がないにもかかわらず行った防衛行為には、正当防衛は成立しません。そのため、傷害罪が成立するとともに、損害賠償を請求される可能性もあるでしょう」

Q.「痴漢撃退用に使って」と安全ピン配布を申し出る投稿もネット上にあります。痴漢撃退用に安全ピンを配布する行為は、何らかの罪に問われるのですか。

牧野さん「傷害罪の手助けをした『ほう助罪』に問われる可能性があります。加えて、共同不法行為として、民事の損害賠償責任を負う可能性もあるでしょう」

Q.安全ピンは使わないとして、痴漢被害に遭ったとき、加害者に法的責任を取らせる方法には、どのようなものがありますか。

牧野さん「刑事責任としては、迷惑防止条例違反での逮捕が想定されます。民事では、痴漢行為を証明できれば、被害者は加害者に対して慰謝料の請求が可能と思われます。慰謝料を求めて民事訴訟を起こすこともできますが、実際には、『痴漢をされたことを公開の場で話したくない』という被害者の思いから、民事訴訟にまでは至らず、示談で終わることが多いようです。

また、痴漢被害を直接防ぐには、例えば、警視庁の無料防犯アプリ『Digi Police』が使えます。ダウンロードすれば、スマホで防犯ベルや『痴漢です』というメッセージを鳴らすことができ、被害に遭ったとき、周囲に知らせることができます」

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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