もはや、違うお菓子? 「桜餅」の形状が関東と関西で大きく違う理由
春の和菓子「桜餅」は、関東と関西で形が全く違います。別のお菓子と言ってもよいほどの差は、どのようにして生まれたのでしょうか。

この時期、和菓子店に並ぶ「桜餅」は、桜の風味と上品な餡(あん)の甘さが春の訪れを感じさせる和菓子です。桜餅といえば、ピンク色の餅が桜の葉で包まれているのが特徴ですが、地方(関東と関西)によってその形状が大きく異なるため、「桜餅」と聞いて思い浮かべるものは東と西で変わってくるようです。
ネット上では、「見た目が全然違う」「関西の桜餅を見て驚きました」「材料も違うのかな」など、さまざまな声が上がっています。桜餅はなぜ、東西で形状が異なるのでしょうか。和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。
関西では「椿餅」から「桜餅」に
Q.そもそも、桜餅とはどのような和菓子でしょうか。
齊木さん「四季折々の情緒を楽しむ日本では、桜前線の北上と共に日本列島が春の喜びに包まれていきます。桜を愛(め)でるばかりではなく、舌でも味わうようになったのが『桜餅』です。
桜餅の歴史は、江戸時代中期の享保2(1717)年、時の将軍・徳川吉宗が花見名所をつくろうと、隅田川のほとりに多くの桜を植えたことに始まります。その近くにあった『長命寺』の寺男・山本新六が、隅田川の桜の落ち葉掃除に悩まされ、樽(たる)で塩漬けした桜の葉を使った『桜餅』を考案したところ、これが大ヒットし、江戸名物として浸透しました」
Q.関東と関西における、桜餅の違いとはどのようなものですか。
齊木さん「関東で桜餅といえば、小麦粉を水で溶いて焼いたクレープ状の皮で餡を巻く(または、挟む)タイプを指し、これを『長命寺』と呼びます。
一方で、関西の桜餅は『道明寺(どうみょうじ)粉』と呼ばれる原料でできていることから、『道明寺』と呼ばれます。道明寺粉とは、もち米を水に浸した後、一度蒸して乾燥させ、粗く砕いた粉のことです。これを蒸して色付けしたもので餡を包みます。お米の食感が残る、つぶつぶとした皮が特徴です。
道明寺粉の歴史は古く、戦国時代に『道明寺』という寺(現在の大阪府藤井寺市にある寺院)で作っていた保存食『干飯(ほしいい)』が元になっています。長期保存できることから、武士の携帯食として用いられ、水やお湯でふやかすなどして食べられていました」
【長命寺(関東風)の特徴】
・皮の主な材料は「小麦粉」
・形は主に筒形。皮は平らにする
・小豆あんは「こしあん」
・桜の葉は1~3枚(皮や餡の「香りづけ」調整のため、店によって異なる)
【道明寺(関西風)の特徴】
・皮の材料は「もち米」
・形は丸い/扁平(へんぺい)。皮には粒がある
・小豆あんは「つぶあん」
・桜の葉は1枚または2枚
Q.なぜ、東西でこのような違いが生まれたのでしょうか。
齊木さん「発祥に由来します。関東では先述の通り、徳川吉宗が花見名所をつくろうと多くの桜を植え、長命寺の山本新六が考案して大ヒットしたのがきっかけです。関東風の桜餅が『長命寺』と呼ばれる理由には諸説あるものの、この『長命寺』という寺で初めて作られたことから、この名前がついたとの説が有力です。
長命寺は明治に入ってから上方にも伝わりますが、元々、京には『道明寺粉』を使った餅を椿(ツバキ)の葉で包んだ餅菓子があり、粉の名前の由来となった道明寺で古くから作られていました。元々、椿の葉で挟む『椿餅』が主流でしたが長命寺にならい、椿の葉に代わって桜の葉で巻くようになったことから、関西風の桜餅、つまり『道明寺』が生まれました。こうして、同じ『桜餅』なのに、東西で違いがみられるようになったのです」
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