オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

子どもの「発達障害」を伝えられない先生と受け入れられない親、双方に求められることは?

母親をサポートする姿勢で

 一方、母親は子どもと接する時間が長いので、わが子の行動の異変にうすうす気づいているというケースもあるかもしれません。

 しかし、例えば、夫から「お前のしつけの仕方が悪いから、園で集団行動が取れないんだ」、姑(しゅうとめ)からも「○○家にこんな子どもが生まれるわけがない。あんたの家の血筋が悪い」などと責められていたとしたら、どうでしょうか。外にも家庭内にも居場所がなく、孤立無援の状態になってしまいます。実際に、うつ状態に陥っている母親もいます。

 そこへ、「○○君が部屋から出ていくので困っています」「周りの子に迷惑をかけています」と、園側の都合を押し付けるような言葉を掛けられたら、母親はもっと心を閉ざしてしまいます。

 園側も、話すときはあくまでも家庭の背景を知り、「ご主人は理解がありますか? お子さんのために、困り事を少なくしていきましょう。全面的にサポートしていきます」といったスタンスを貫くことが大切です。

第一歩は「親が受け入れること」

 では、親はどうすればよいのでしょうか。

 子どもの将来に夢や希望を持っていたのに、「専門機関を受診してください」と言われたら、奈落の底に突き落とされます。「はい、分かりました」とすんなり受け入れる親は、まずいません。

 筆者も、医師から「お子さんは自閉症です」と言われたとき、相手が専門医であるにもかかわらず、「やぶ医者だ」と思い、医師を恨みました。怒って診察室を出て、次回の予約をキャンセルし、その後しばらく、医療機関を訪ね歩く「ドクターショッピング」をしました。医師に言われてもこうなってしまうのですから、園から言われたら、なおさら動揺し、怒りを覚えるのも無理はないでしょう。

 しかし、私の場合は、最初にその医師に言われたことが心に突き刺さっていたため、最終的には息子の障害を受け入れることができました。どんなにつらくとも、まず「親が受け入れること」こそが、初めの第一歩だと思うのです。

「親亡き後」の人生が長い

 仮に30歳で出産したとすると、親が80歳のとき、子どもは50歳です。発達障害に気付かないまま、不登校や引きこもりに発展し、親の年金で暮らしていた子どもが、親が亡くなった後に孤独死というケースもあります。

 親亡き後の人生は長いです。福祉の網の目からこぼれ落ちないよう、療育手帳や精神障害者保健福祉手帳、受給者証を取ることで福祉とつながり、一人で抱え込まずに「SOS」を出して周りに助けてもらいましょう。

 保育園や幼稚園側は「自分たちが一時的に恨まれても構わないから、担当している子どもの将来の幸せのために進言しよう」と勇気を奮って伝えてくれているのです。子どもが幼いと、親はなかなかそこまで考えられないかもしれませんが、園側のメッセージに耳を傾けてほしいと思います。

(子育て本著者・講演家 立石美津子)

1 2

立石美津子(たていし・みつこ)

子育て本著者・講演家

20年間学習塾を経営。現在は著者・講演家として活動。自閉症スペクトラム支援士。著書は「1人でできる子が育つ『テキトー母さん』のすすめ」(日本実業出版社)、「はずれ先生にあたったとき読む本」(青春出版社)、「子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方」(すばる舎)、「動画でおぼえちゃうドリル 笑えるひらがな」(小学館)など多数。日本医学ジャーナリスト協会賞(2019年度)で大賞を受賞したノンフィクション作品「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(中央公論新社、小児外科医・松永正訓著)のモデルにもなっている。オフィシャルブログ(http://www.tateishi-mitsuko.com/blog/)、Voicy(https://voicy.jp/channel/4272)。

立石美津子(たていし・みつこ) 関連記事

もっと見る

著書案内(立石美津子)1 関連記事

もっと見る

著書案内(立石美津子)2 関連記事

もっと見る

編集部おすすめ記事

ライフ 最新記事

ライフの記事もっと見る

コメント

CAPTCHA


2件のコメント

  1. 幼稚園の担任に言われて、病院へ行きました。

    この記事を読んで思ったことは…
    自分の体裁を守りたい親が多いんだな。
    という事。
    記事にもあったけど
    早期発見、早期治療がいいに決まってる。
    治る病気でなくても、対応の仕方、声掛けの仕方で変わることもある。
    伝えられて怒る親と、頑張って伝えた先生。
    どちらが子どもの事を考えているんでしょう。

    私は担任の先生に言われて、かかりつけの小児科から、念のために。と療育センターを紹介してもらいました。
    発達障害だと思ってなかったので
    驚きはしましたが、まだ幼稚園児の今の時期でよかったと思います。
    教えてくれた担任の先生にも感謝しています。

  2. 4年前に診断を受けたADHDシニアです。小1の担任の今井義子先生が昨年亡くなったと田舎の同級生から教わって「先生ありがとうございました」と深く祈った。幼児、園児時に「まともに育たない子、バカな子」と親族からも心配され、小1の式典中に下痢って大騒ぎ。担任は優しくマリアの対応。通知表「本当はできる子、皆に人気あって末頼もしい」と激励文。黒柳徹子さんの小林校長と同じ対応だ。お陰で中3まで問題行動は出なかった。先生から得た恩義を他に恩義返ししたいと思う。