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【南海トラフ地震】「臨時情報」発表は“空振り”じゃない 災害リスクの専門家が主張するワケ

警告を繰り返し聞くと軽視するように?

 ここで、昔話の「狼少年」を思い出してみましょう。この物語は一般的には「うそをつくと信用されなくなる」という教訓の話だと考えられています。

 しかし、災害リスク情報の文脈では、別の解釈ができるのではないでしょうか。つまり、「繰り返し警告を聞いても実際には何も起きないと、人々は警告を軽視するようになる」という教訓です。

 もちろん、うそを連発して少年のように信用されなくなるのは困りますが、この物語の村人のように警告を軽視するようになることも、同じくらい困ったことです。この物語は、リスク情報を発信する側と受け取る側、双方への警鐘なのかもしれません。

 日本は世界有数の災害大国ですが、同時に世界最先端の防災システムを持っている国でもあります。現時点で人間社会の時間軸で役に立つ精度の地震の予測はできていませんが、気象現象や火山活動などはかなりの精度で予測できるようになってきています。そしてこれらの情報はさまざまな手段で迅速に国民に届けられます。

 もちろんリスク情報なので100%正確にはなり得ませんが、研究者はその精度を少しでも高めるように、現在考え得る最先端の技術を駆使して正確な情報を出そうと努力していますし、行政職員はデジタルからアナログまであらゆる情報チャンネルを通じて、少しでも多くの人に防災情報を届けようと努力しています。そしてこの努力の根幹にあるのは、1人でも多くの国民を災害の脅威から守りたいという願いです。

 私たちは、世界的に見れば極めて恵まれた日本の防災システムの価値を正しく認識し、感謝の気持ちを持って情報を受け止める必要があります。

 こういった情報を安易に批判することは、日々、人知れず安全のために努力をする人たちに不要なプレッシャーをかけ、努力へのモチベーションを下げ、判断を誤らせる可能性がある行為だということを意識する必要があります。

 繰り返しになりますが、災害リスク情報は、本質的に不確実性を含む情報なので、どれだけ科学技術が進んでも、100%的中するということはありません。

 しかし、それは情報の価値がないということではありません。こういった情報は私たちを100%助けてくれるわけではありませんが、適切に利用することで、より確からしい判断を助け、生存確率を高めてくれるのです。だから私たち一人一人が、白でも黒でもない、グレーな不確実性の情報との付き合い方を学ぶ必要があるのです。

 今後も「災害リスク情報が発信されたが、何も起きなかった」ということは繰り返しあるはずです。そういう状況に出会ったときには「自分の身を守るための素振りのチャンスだった」と捉えてみてください。この素振りの積み重ねが、私たちの社会を災害に強い社会に変えていくのです。

(近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢)

【画像】これが「南海トラフ地震臨時情報」で生じた“影響”です

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島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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