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保管に“6億円”、廃棄にも費用 「アベノマスク」含む布マスク、政治家の法的責任は

いわゆる「アベノマスク」を含む布マスクについて、政府は余剰分を廃棄する方針です。調達を指示した政治家や、長期保管でコストを余分にかけた官僚の法的責任は問えないのでしょうか。

布マスクを着けて国会で答弁する安倍晋三首相(当時)(2020年4月、時事)
布マスクを着けて国会で答弁する安倍晋三首相(当時)(2020年4月、時事)

 新型コロナウイルス流行とマスク不足を受けて国が調達し、政府が余剰分を大量に保管している、いわゆる「アベノマスク」を含む布マスクについて、岸田文雄首相は昨年12月21日の記者会見で、年度内に廃棄する方針を明らかにしました。保管費用が2020年度だけで6億円かかっているとして、無駄を指摘されたことを受けたものですが、廃棄にも最大約6000万円の費用がかかるとみられています。

 調達を指示した政治家や、使い道が見つからないまま保管して、コストを余分にかけた官僚の法的責任は問えないのでしょうか。弁護士の藤原家康さんに聞きました。

背任罪は「国に損害」目的が前提

Q.民間企業では、会社に大きな損害を与えるような意思決定をした社員が法的責任を問われることがあると思います。刑事と民事、両方について教えてください。

藤原さん「刑事では(1)背任罪(刑法247条、法定刑は5年以下の懲役または50万円以下の罰金)(2)特別背任罪(会社法960条1項、法定刑は10年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金、またはこれを併科)となることが考えられます。(2)は当該社員が取締役など一定の立場にあることを前提とします。民事では、債務不履行(民法415条)、および不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任を負うことが考えられます」

Q.では、国に損害を与えた行為をした政治家や官僚が法的責任を問われることはあるのでしょうか。

藤原さん「刑事では民間企業と同様、背任罪(刑法247条)となることは考えられます。ただし、自己、もしくは第三者の利益を図り、または、国に損害を与える目的があったと認められる必要があります。民事では当該公務員の行為により、国が損害賠償責任(国家賠償責任)を負った場合(国家賠償法1条1項)、その行為について、当該公務員に故意、または重大な過失があったときは、国は当該公務員に求償権を有します(同1条2項)。

求償権に基づき、当該公務員が国に対し、国が支払った分の全部、または一部を支払う民事上の責任を負うことは考えられます。また、当該公務員が、当該行為により権利や利益を侵害され損害を受けた市民に対して直接、民事上の責任を負うこともあり得ます。ただ、いずれの場合も市民の権利や利益が侵害されたことが必要です」

Q.アベノマスクを含む布マスクについてはどうでしょうか。調達費や保管費用、廃棄処分の費用は膨大な額になっています。

藤原さん「刑事については、背任罪が成立するためには先述したように自己、もしくは第三者の利益を図り、または、国に損害を与える目的があったと認められる必要がありますが、今回の場合は非常に困難であると思います。結果的に無駄になった部分があって批判を浴びていますが、国民のマスク不足の解消という目的があったとはいえるからです。

民事については、仮に公務員が正しく税金を使用しなかったといえても、それにより、市民の権利や利益が侵害されたと立証することは困難です。そのため、国は国家賠償責任を負わず、当該公務員は国に求償権を行使されず、また、市民に法的責任を負わないと考えられます。

なお、国ではなく地方の場合、住民訴訟(地方自治法242条の2)により、違法な財務会計上の行為等につき、是正を求め、当該公務員に自治体への返還を求めることができます。国においても、これと同様のいわゆる『納税者訴訟』などの制度の創設が望まれます」

Q.なぜ、納税者訴訟、つまり、国レベルでの住民訴訟的なものが存在しないのでしょうか。

藤原さん「国の税金の使途を市民が監視することを、立法や行政が避けているからとしか考えられません。最近の事例では、公文書改ざん問題を巡り、自殺した赤木俊夫さんの妻・雅子さんが起こした裁判で、国が請求を認諾し、国が1億円ほどのお金を支払うことになった問題があります。このような結末になったのは、納税者訴訟の仕組みがないためだと思われます。

国がいくら賠償を支払うことにしても、支払いの原資は市民が納めた税金であり、損失を被るのは市民です。損失を被らせる原因をつくった公務員個人が自らのお金で損失の埋め合わせをする仕組みがなければ、公務員が同様のことを繰り返しても不思議はないことになります」

Q.アベノマスクの経緯やその後の保管を巡っては「税金の無駄遣い」との批判もあります。「税金の無駄遣い」は「国民(市民)に損害を与えた」ことにはならないのでしょうか。

藤原さん「一般に、ならないと考えられます。損害賠償請求ができるためには、請求をする人が有する権利や利益が侵害されることが必要です。例えば、警察が違法な捜索や差し押さえをして、市民の所有物を持っていったら、所有権の侵害があり、損害賠償請求ができることになります。

税金の無駄遣いの場合、市民が持っているお金(市民が所有権や占有権を持っているお金)を奪われたわけではなく、国に納め、国の物になっているお金の無駄遣いが問題となり、その意味で、無駄遣いの時点で有する市民の権利や利益が侵害されていることになりません。地方の場合の住民訴訟もこの前提において、地方自治の仕組みの一つという別の枠組みとして創設されています」

Q.法的責任は問われなくても道義的責任はないのでしょうか。また、国に大きな損害を負わせた政治家や官僚に対し、市民ができることはありますか。

藤原さん「道義的責任の意味や要件は法で決まるものではなく、法的な問題ではありませんが、その責任はあり得ると思います。『市民ができること』としては(1)世論を盛り上げることで、その政治家や官僚が処分を受けたり、責任を取らされたりするようにする(2)その政治家を選挙で落選させる(3)選挙で民主的な政治家を選び、先述の納税者訴訟など、税金の無駄遣いを実効的に防ぐ法律を作る――などが考えられます」

(オトナンサー編集部)

【写真】保管だけで6億円 山積みされた「アベノマスク」などの布マスク

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藤原家康(ふじわら・いえやす)

弁護士

東京大学法学部第一類卒業。2001年10月弁護士登録(第二東京弁護士会)。一般民事事件・刑事事件・家事事件・行政事件・破産事件・企業法務などに携わる。日本弁護士連合会憲法委員会事務局次長、第二東京弁護士会人権擁護委員会副委員長などを歴任。中学校・高校教諭免許(英語)も保有する。TBS「ひるおび!」「クイズ!新明解国語辞典」「夫婦問題バラエティ!ラブネプ」、フジテレビ「お台場政経塾」などメディア出演多数。

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