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「避難指示が出たら、近くの避難所に行けばいい」はなぜ間違いか

世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。

沖縄県では台風9号で倒木などの被害(2020年9月、EPA=時事)
沖縄県では台風9号で倒木などの被害(2020年9月、EPA=時事)

 沖縄に被害をもたらした台風9号に続いて、台風10号が日本列島に接近するなど、今年も台風シーズンが到来しました。台風が近づいた際、「避難指示が出たら、近くの避難所に行けばいいや」と思っているあなた。いろんな意味で間違っています。いざというときに死なないために、この記事を最後まで読むことを強くおすすめします。

「危険を回避」と「雨風をしのぐ」の違い

 英語に「Evacuation」「Sheltering」という言葉があります。どちらも日本語では「避難」という言葉に翻訳されますが、この2つの言葉、ニュアンスがかなり違います。そして、その違いを理解することが「命を守る」ことにつながります。

「Evacuation」は「命を守るために危険な場所から離れる」という意味、「Sheltering」は「家が壊れるなどして帰宅できない場合、差し当たり雨風をしのぐ」という意味です。日本のお役所用語では「Evacuation area」を「避難場所」、「Shelter」を「避難所」として無理やり区別していますが、ここではややこしいので、英語のままで話を進めます。

 この2つの単語の違いに着目して、冒頭の「避難指示が出たら、近くの避難所に行けばいいや」を読み解いてみると、おかしな点が見えてきます。「避難指示」の「避難」は「Evacuation(危険な場所から離れる)」、「避難所」の「避難」は「Sheltering(雨風をしのぐ)」なので、「『Evacuation』する先は『Shelter』でいいや」という意味になります。しかし、これでは行動の目的と行き先の機能が一致しません。魚を買うために精肉店へ行くようなものです。

 さらに、2つの単語の違いを踏まえて、コロナ禍で指摘される「3密」の問題や「避難所に入りきれない」問題を考えてみましょう。「Evacuation」の先は安全でありさえすれば、親戚や知人の家、職場などどこでもよいので、無理して3密が心配な近所の「Shelter(避難所)」に行く必要はありません。

 最近は避難者が増え、「住民が避難所に入りきれないなんてけしからん」という声も出ていますが、「『Evacuation』した住民を『Shelter』で受け入れる」という前提が間違っています。「Evacuation」は「危険な場所から離れる」ですから、行き先を限定していません。「Shelter」で過ごすのは本来、災害の最初の危機が去った後、家が壊れて住めなくなっていた場合です。

 もちろん、「『Shelter』イコール『Evacuation area』」でよい場合もありますが、低地や斜面の近くの「Shelter」は台風が来ている、まさにそのときは安全ではないこともあるので、表示をよく確認する必要があります。

近所の「避難所」が安全か確認を

小学校にある表示。赤色部分は筆者が追記
小学校にある表示。赤色部分は筆者が追記

 写真は筆者の近所にある小学校の例ですが、左下の「Shelter」の表示のほか、上3分の2には「ここは洪水や内水氾濫の『Evacuation』先としては適切、グラウンドなら地震のときに『Evacuation』しても大丈夫、大規模火災の『Evacuation』先には適していない」と表示されています。「Shelter」であってもバツがついている災害のときには、そこに「Evacuation」しないように気を付ける必要があります。

 表示を見て、近くの「Shelter」がたまたま、「Evacuation」先としても適していた場合にも、「他に『Evacuation』先が思い当たらなければここに来てもいいよ」という程度の意味で捉えましょう。「Evacuation」の目的は「危険な場所から離れる」ですから、他に安全でもっと快適な場所があるなら、そこに行った方が懸命です。そうした方が、あなたは新型コロナの感染リスクを減らせるし、他の場所が思い当たらない人のために「Evacuation area」を空けておけるからです。

 もっとも、それ以前に「今いる場所」が洪水や内水氾濫による浸水の心配がなく、土砂災害の危険もなく、暴風雨で建物が壊れる心配もないのであれば、台風が来ても「Evacuation」する必要はありません。事前にハザードマップをよく確認し、安全な場所にいるのなら、無理に動いて無駄にリスクを上げないようにすべきです。判断に迷ったら、筆者が作成したフローチャートを参考にしてください。

 最後に、冒頭の「避難指示が出たら、近くの避難所に行けばいいや」について、もう一つツッコミを入れておきます。避難指示は「もうこれ以上そこにいたら、ホントに死にますよ」という最終通告で、避難勧告はその一歩手前です(避難指示と避難勧告は来年、避難指示に一本化される見込み)。その場所に命を犠牲にしても守らねばならない何かがあるのでなければ、もっとずっと早い段階から危険なエリアの外に「Evacuation」すべきです。

 台風が近づいてからだと、風雨が強くなり、移動に危険を伴うようになります。暗い時間になってしまうと、リスクはさらに上がります。逆に早ければ早いほど、楽に、ぬれずに、安全に「Evacuation」できるので、早めの行動を強くおすすめします。

 台風などの大規模気象災害は地震と違って、かなり前から予測できます。地震は予測できないので、たまたま、運悪く危険な場所にいて被害に遭うことは避けられません。しかし、台風の場合は予測された時点で適切に「Evacuation」すれば、危険な場所にいて被害に遭うことを確実に避けられます。

 温暖化の影響で、台風の破壊力は今後、ますます大きくなりそうな気配ですが、どうか皆さん、適切な「Evacuation」(命を守るために危険な場所から離れる)を心掛けて、今年の台風シーズンを、そして、これからの時代をしぶとく生き延びていきましょう。

(名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢)

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島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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