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店名公表のパチンコ店、「行き過ぎ」として損害賠償訴訟を起こせる? 勝つ可能性は?

「公共の福祉」と「人権」の関係

Q.公共の安全・健康を守るため他に方法がない場合、基本的人権が制約され得る「公共の福祉」という考えがあります。今回のパチンコ店の一連の出来事に限らず、世間の人が「健康に過ごす権利」のために、パチンコ店など事業者側の「営業する自由」が制約されています。制約される側は犠牲が伴いますが、この犠牲はどこまで我慢すべきなのでしょうか。

佐藤さん「平時においては、『営業する自由』は人権の一つとして当然尊重されます。しかし、人権は命あってのものです。医療崩壊を防ぎ、国民の命を守るという『公共の福祉』のためであれば、やはり今は、営業の自由は一定期間、我慢せざるを得ないでしょう。

そうなると、事業者としては、新型コロナのせいで休業せざるを得なかった分の損失を全て国や自治体に請求したいと思うはずです。その方法として考えられるのが、損失補償の請求と、前述の国家賠償請求です。国家賠償法に基づく賠償請求をする場合は、国家の行為が違法でないと認められず、今回は違法といえる可能性が低いと考えられます。

一方、適法な公権力の行使により損失が生じたとして、請求することはできないでしょうか。そこで、損失補償の制度が問題になります。特措法には、62条以下で損失補償に関する規定がありますが、45条に基づく休業等の要請については損失補償の対象として定めていません。法律に定めがないから損失補償を求められないのかというと、そうではなく、判例上、憲法29条3項に基づき、損失補償を求めることが認められています。

ただし、損失補償とは、適法な公権力の行使により、特定の者に財産上の『特別の犠牲』が生じる場合に、公平の理念に基づいて、その損失を補てんする制度と考えられており、『特別の犠牲』といえなければ認められません。今回の休業要請は、国民の生命や健康を守るためになされていることなどから、『公共の福祉』のための事業活動に内在する社会的制約であり、『特別の犠牲』にあたらないとされる可能性が十分あります。

つまり、今回、事業者は国家賠償にせよ損失補償にせよ、新型コロナのせいで休業せざるを得なかった分の損失を埋められない可能性があります。ほとんどの国民が、新型コロナによる何らかの影響を受けている今回のようなケースでは、国や自治体に対して、各事業者が個別に発生した損失の支払いを求める方法は現実的ではないように思います。

このようなケースでは、国や自治体が協力金を用意したり、融資を受けやすくしたり、家賃の支払いの猶予を可能にしたり…とさまざまな政策を講じ、事業者や国民の生活を守ることが重要になります。事業者としては国や自治体に、今何が必要なのかなどを伝え、よく話し合うことが大切でしょう」

(オトナンサー編集部)

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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