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大相撲の番狂わせで舞う“座布団”が当たってけが…投げた人や協会の法的責任は?

大相撲で横綱が格下の力士に負けると、座布団が乱れ飛ぶのが恒例です。しかし、もし座布団が当たった人がけがをしたら、法的問題は生じないのでしょうか。

座布団が当たってけがをしたら…
座布団が当たってけがをしたら…

 大相撲春場所が3月10日に初日を迎えます。「荒れる春場所」とも言われ、番狂わせが起きやすいとされる場所ですが、横綱が格下の力士に負けると、座布団が乱れ飛ぶのがおなじみの光景です。日本相撲協会は、入場時に配る取組表に注意書きをしたり、館内放送で「座布団や物は投げないでください」と呼びかけたりしていますが、なかなかなくなりません。

 仮に、座布団が当たった人がけがをした場合、法的問題は生じないのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

投げた人を特定できるかどうか

Q.観客が座布団を投げて他の観客に当たった場合、投げた観客の法的責任はどうなりますか。

牧野さん「投げた観客の法的責任を問うには、座布団を投げた人を撮影した写真やビデオなどの証拠があることが前提となります。座布団を投げて他人にけがをさせた場合、他人を傷つける意図がなかったとしても、刑法上の過失傷害罪(30万円以下の罰金または科料)にあたる可能性があります。けがをさせなくても、他人を目がけて座布団を投げつければ、暴行罪(2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)にあたる可能性があります。

また、座布団を投げれば『人に当たり、けがをさせる(権利を侵害して損害を与える)』ことが予見可能ですので、民法の不法行為(709条)により、座布団で負傷した人は、投げた人に対して治療費や慰謝料の損害を賠償することが請求できると思います。ただし、座布団はほぼ同時に数多く投げられるため、被害者に当たった座布団を投げた人が誰か、特定するのは難しいかもしれません」

Q.座布団による観客のけがで、日本相撲協会が責任を問われることはあるのでしょうか。

牧野さん「主催者や管理者による安全対策が不十分であれば、民法717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)、あるいは、観戦契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)により、日本相撲協会などの主催者や管理者に損害賠償を請求することも考えられます。

しかし、協会が決定・公表している相撲競技観戦契約約款では『土俵、座席、通路、階段等の相撲場への物品の投げ入れ』が禁止されています(第8条禁止行為)。さらに『相撲観戦中の事故については、原則として責任を負わない』とし、主催者の職員、または相撲場管理者などに責任があった場合でも、治療費などの直接損害に限定されるとしています(13条2項)。

もし、投げ込まれた座布団でけがをした人が刑事告訴や賠償請求した場合、協会は約款を根拠に免責を主張すると思われますが、約款自体の効力が争われる可能性はあります」

Q.大相撲の取組では、力士が土俵から落ちてくるときもあります。「砂かぶり」ともいわれる最前列に座っていて力士とぶつかってけがをした場合、賠償請求などをすることはできるのでしょうか。

牧野さん「日本相撲協会が損害の発生を防止するのに必要な注意をしていなければ、あるいは、安全配慮義務を果たしていなければ、損害賠償請求は可能ですが、観客が危険を承知で『砂かぶり』を選んだと解釈されれば、『自己責任で危険負担を選んだ』とされて過失相殺され、損害賠償額が減額される可能性があります。その割合はケースごとに異なり、一概に何%とはいえません」

Q.大相撲などでの観戦中のけがが法的問題となった事例があれば、教えてください。

牧野さん「大相撲では事例がないようですが、プロ野球で野球観戦契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)により、球団に対する損害賠償請求が一部認められたケースがあります。2010年、札幌ドームの内野席で観戦中だった女性がファウルボールの直撃を受け、右目を失明しました。女性側は、球団と札幌ドーム、札幌市に損害賠償を請求し、札幌高裁は『安全配慮義務を尽くしたとはいえない』として約3357万円の損害賠償を球団に命じました(2016年5月札幌高裁判決)」

 日本相撲協会によると、九州場所ではマス席が広くなった2008年から、座布団を4枚つなげて投げにくくしているそうですが、他の本場所では予算の関係などで「まだ検討中」とのことです。

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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