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業務ミスで300万円を職員弁済…自治体による公務員個人への高額請求は問題ない?

公務員が業務上のミスで多大な損害を出した際に、自治体から高額賠償を請求される事例が相次いでいます。問題はないのでしょうか。弁護士に聞きました。

公務員に対する高額請求は妥当?
公務員に対する高額請求は妥当?

 公務員が業務上のミスで多大な損害を出した際に、自治体から高額賠償を請求される事例が相次いでいます。兵庫県で2020年11月、県庁の貯水槽の排水弁を約1カ月閉め忘れたことで水道代約600万円が余分にかかったとして、県は50代の男性職員を訓告処分にし、半額の約300万円の弁済を請求。結局、男性職員は請求された金額を支払いました。また、高知市でも2021年12月、小学校の教諭が同年7月にプールの水を1週間ほど止め忘れたことで、下水道代が例年の同時期よりも約270万円余分にかかったとして、市は教諭ら3人に損失の半額程度となるおよそ132万円(うち教諭はおよそ66万円)の請求を決めました。

 こうした事例について、ネット上では「厳し過ぎる」「個人に弁済を求めるのはおかしい」「民間企業よりも厳しい」など、自治体への批判的な意見が多く寄せられました。多大な損害を与えたとはいえ、自治体が公務員に高額賠償を請求するのは問題ないのでしょうか。 佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

自治体側にも問題がなかったか確認を

Q.そもそも、どのような場合に公務員は、業務に関することで賠償責任を問われるのでしょうか。

佐藤さん「国家賠償法1条1項では、『国または公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる』と定められています。そのため、公務員が職務上のミスをして、損害を生じさせてしまった場合、まず、賠償責任を負うのは国や自治体になります。

ただし、『公務員に故意または重大な過失があったときは、国または公共団体は、その公務員に対して求償権を有する』(同法1条2項)と定められています。従って、公務員がわざと損害を与えたり、わざとに近いほどの甚だしい不注意で損害を与えたりした場合、賠償責任を果たした国や自治体が、公務員個人に対して求償(損害分のお金を返すよう求める)することがあります。

他にも、例えば、公務員が違法もしくは不当な公金の支出をしたなど、地方自治法で定められた問題のある行為をした場合、賠償責任を問われることがあります」

Q.水道を閉め忘れたことで水道代が高額となった事例など、公務員が業務上のミスで多大な損害を出した際に、自治体から高額な賠償を請求されるケースが相次いでいます。業務上のミスで多大な損害を与えたとはいえ、自治体が公務員に高額な賠償を請求するのは妥当なのでしょうか。

佐藤さん「先述のように、公務員の業務上のミスが『重大な過失』と評価できるような場合には、自治体には公務員個人に対して賠償を請求する権利(求償権)があります。損害額が大きいケースでは、請求金額が高額になることもありますが、請求することは可能です。

ただし、自治体は、公務員の過失の程度を慎重に判断した上で、悪質なケースに限って、金額についても相当な範囲に限って請求することが望ましいと思います。公務員も人ですから、ミスすることはあり得ます。『通常の注意を払って仕事をしていたところ、ミスをして損害を発生させてしまった』という場合には、『重大な過失』とは評価できず、原則、自治体が責任を負うべきです。

自治体から支払いを求められれば、申し訳なく思い、公務員個人が自発的に請求された金額を支払うことは十分あり得ますが、単なる『過失』の場合にまで、自治体が公務員個人に対し、請求するようになると、公務員が萎縮してしまい、かえって非効率を招いたり、公務員のなり手がいなくなったりする恐れがあるでしょう」

Q.民間企業の場合、横領など故意に損害を与えた場合を除き、従業員が勤務先から高額賠償を請求されるケースはほとんどありません。なぜ公務員が高額賠償を請求される事例が相次いでいるのでしょうか。

佐藤さん「公務員は税金を使って仕事をし、給料も税金から支払われていることもあり、公務員のミスに対して、社会が厳しい目を向けていることが一つの原因ではないかと思います。公務員のミスにより大きな損害が生じた場合、自治体が公務員に対して請求しなければ、すべて自治体が負担することになります。つまり、税金で損害の穴埋めをするということです。そうした事態に対して、不満を抱く住民もいるでしょう。

住民は住民訴訟を起こし、自治体から公務員に対して賠償請求するよう求めることができます。自治体は、そうした事態も見越して、ミスをした公務員に対して、相当額の請求をするケースが増えているのではないかと思います。

ちなみに、民間企業の場合、『利益の帰するところ(会社)に責任も帰するべき』という報償責任の考え方、『危険をつくり出したり管理したりする者(会社)が責任を負うべき』という危険責任の考え方などに基づき、会社が一定のリスクを負い、労働者個人の損害賠償責任は制限されるべきと考えられています。従って、会社がミスをした従業員を訴えたとしても、簡単に賠償請求は認められません」

Q.公務員が業務上のミスで自治体から高額賠償を請求された際に、「貯金がない」などの理由で支払いが困難な場合や、高額賠償を支払うことで生活が困難になると想定される場合はどのように対処すべきでしょうか。

佐藤さん「そもそも高額の賠償金を請求された場合、その金額が相当なのかどうか、公務員個人が自治体と話し合うことも大切でしょう。公務員のミスといっても、『そもそも人員が足りていなかった』『複数人でチェックすべき制度がなかった』など、自治体側にも問題があり、それが公務員個人のミスを招いたケースもあるでしょう。損害の分担については、そうした事情も考慮して決めることになります。

その上で、『貯金がない』などの理由で支払いが困難な場合や、生活が苦しくなってしまうといった場合には、自治体と話し合い、分割払いにしてもらう方法などがあるでしょう」

Q.職種によっては、非正規職員に正規職員と同等の仕事を任せるケースもあると聞きます。非正規職員が業務上のミスで大きな損害を出した場合、正規職員と同様、高額賠償を請求される可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「非正規職員であっても、賠償請求される可能性はあります。国家賠償法1条の『公務員』の範囲は広く、すべての国または公共団体のための公権力を行使する権限を委託された者と考えられており、臨時的に公務員の地位にある人なども含まれるからです」

Q.自治体からの高額請求に備えるために、公務員個人ができる対策はあるのでしょうか。

佐藤さん「個人で『公務員賠償責任保険』に加入する方法などが考えられます。加入を検討する際は、どのような損害が保険金の支払い対象になっているかなど、内容をよく確認するようにしましょう。

民間企業の場合、企業が保険に加入し、もしもの時に備えていることがほとんどです。自治体も、公務員のミスが起こらないような体制整備に努めるとともに、損害保険の導入を検討することが大切だと思います」

(オトナンサー編集部)

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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