「そこに置いといて」と書くのはマナー違反? 万葉集&江戸の銭湯が教えてくれる正しい表記
「置いておいて」という言い回しには、日本語の歴史が大きく反映されています。この仕組みについて、コラムニストが読み解きます。

「そこに置いておいて」。声に出せば何のためらいもない一言が、文字にした途端に手を止めさせることがあります。「置いておいて」なのか、「置いて置いて」なのか、「置いといて」なのか。この小さな迷いには、実は1300年分の日本語の歴史が畳み込まれています。
先に結論を述べます。ビジネスや公的文書などの標準的な書き言葉で基本になるのは「置いておいて」です。「置いて」は動詞「置く」のて形、後ろの「おいて」は補助動詞「ておく」のて形。同じ音が2度並ぶだけで、重複でも誤りでもありません。
万葉集にすでにあった「ておく」の言い回し
補助動詞としての「おく」は新しい言葉ではありません。日本国語大辞典は、ある状態をそのまま続ける意の初出として、万葉集巻11の「あしひきの山桜戸を開け置きてわが待つ君を誰かとどむる」を挙げています。8世紀の歌人がすでに「開け置きて」、つまり戸を開けたままにして人を待つ、という言い方をしていたのです。
辞書はこの用法を、動詞の連用形、またはそれに「て」を添えた形に付くと説明しています。万葉の「開け置きて」は連用形に直接付く形、現代の「置いておいて」は「て」を挟む形で、接続は違っても仕組みは同じです。「据えた状態を保つ」という核の意味は、この時代からすでに見られます。
「本を机に置く」は配置の動作、「本を机に置いておく」は置いた上でその状態を保つこと。「置く」自体がすでに「据えて、そのままにする」に近い意味を持つため、「ておく」を重ねると意味までだぶって感じられます。音の反復と意味の反復、この二重の反復感が、正しい表現をわざわざ疑わしく見せているのです。
「置いといて」は関西弁ではない? 江戸の銭湯がルーツ
また、反復感を避けたいときの「置いといて」を、関西の言い方だと思っている人は少なくありません。しかし辞書は別の答えを出しています。デジタル大辞泉は「とく」を、接続助詞「て」に「置く」が付いた「ておく」の音変化と説明し、ガ・ナ・バ・マ行の五段動詞では「つないどく」「積んどく」のように「どく」になると補足しています。方言ではなく、共通語の中で起きた音の縮約です。
しかも初出が興味深いです。日本国語大辞典が「とく」の最古の用例として引くのは、式亭三馬の滑稽本「浮世風呂」(1809〜1813年)にある「棚へ上げといて」というせりふです。
浮世風呂は江戸の銭湯を舞台にした作品ですから、「といて」は少なくとも200年前の江戸の町人が口にしていた言葉ということになります。関西発と決めつける根拠はなく、江戸の町人の口語にもすでにあった縮約形だったわけです。くだけた場面の書き言葉なら「置いといて」で十分自然、という判断には、こうした裏付けがあります。
「置いて置いて」と漢字を重ねるのがNGな根拠
漢字で「置いて置いて」と書く例も見かけますが、これは勧められません。根拠は文化審議会が2022年に建議した「公用文作成の考え方」にあります。常用漢字で書ける語でも仮名で書くものとして、動詞の補助的な用法が挙げられ、「ていく」「ていただく」「てみる」「てほしい」などが例示されています。実際の動作を表す場合は「街へ行く」「しっかり見る」のように漢字を使う、という区別です。
「置いておいて」の2つ目の「おく」は物を据える動作ではなく、状態を保つ補助動詞ですから、この原則に従えば仮名になります。
同じ建議には、指示代名詞「これ」「それ」「ここ」「そこ」も仮名で書くとあります。つまり公用文の基準に照らせば、「そこに置いておいて」という9文字の中で漢字になるのは最初の「置」1字だけです。漢字を増やせば整って見えるわけではありません。どこまでが動詞で、どこからが補助なのかを視覚的に示すのが、仮名書きの役目です。
○ 置いておいて(書き言葉の基本形)
○ 置いといて(くだけた場面の縮約形。江戸期から)
△ 置いて置いて(意味は通じるが、補助動詞は仮名で書くのが標準的な表記)
万葉集にすでに見え、江戸の銭湯で縮まり、令和の表記基準で仮名に落ち着きました。たった1つの言い回しの中に、それだけの時間が流れています。小さな違和感を入り口に、その来歴を一度たどってみると、日本語はなかなか面白いものだと思います。
(コラムニスト、著述家 尾藤克之)

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