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最初の100文字で決まる! 時代を経ても変わらない「文章」の要点とは

文章は時代の変遷とともに変化する

 10年ほど前、ニュースサイトでコラムを書き始めた頃の話です。書き方のトレンドを理解するために、著名な日本語学者のテキストを読みあさりました。とあるサイトで以下のような説明がされたのを覚えています。「日常的なコラムであればA氏がお勧めです。B氏の格調高い文章も捨てがたいですね」。

 B氏の格調高い文章はお手本として、多くのコラムニストにとってバイブルになるという趣旨だと理解しました。ところが、最近になってB先生を批判する人が多いことに気がつきました。10年前には「お手本」だったのが、今ではそうではないのです。文章や話し方は時代とともに変わるので、当然といえば当然のことなのでしょう。

 経済学者の野口悠紀雄が、「さらなる」は文法上間違っているので公文書では用いるべきではないと主張しています。法学者の星野英一は、「すべき」は文法上間違っているので公文書には不適切だと主張します。

 いずれも正しい指摘です。公文書には正確な文法表現を用いるべきだと思いますが、「さらなる」も「すべき」も、一般的に使用されています。小説家、丸谷才一「文章読本」(中央公論社)には、次のような記述が確認できます。

「名文であるか否かは何によって分れるのか。有名なのが名文か。さうではない。君が読んで感心すればそれが名文である。たとへどのやうに世評が高く、文学史で褒められてゐようと、教科書に載つてゐようと、君が詰らぬと思ったものは駄文にすぎない」

 丸谷は、決めるのは読み手自身と明言しています。さらに、文章を見極める視点を持つことを推奨しています。では、時代の変遷に左右されない普遍的なお手本とは何か。中原淳一という、昭和に活躍した作家がいます。彼は、少女雑誌「ひまわり」の昭和22年4月号に次のような文を寄せています。

「美しいものにはできるだけふれるようにしましょう。美しいものにふれることで、あなたも美しさを増しているのですから」

 今の時代でも通じるようなクオリティーのコピーだと思いませんか。時代の変遷に左右されない普遍的なお手本とは、著者の技術的探求の結晶ではないかと思います。そして、時代を経ても解釈が変わることはありません。

(コラムニスト、著述家、明治大学サービス創新研究所客員研究員 尾藤克之)

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尾藤克之(びとう・かつゆき)

コラムニスト、著述家、明治大学サービス創新研究所客員研究員 尾藤克之

東京都出身。代議士秘書、大手コンサルティングファームにて、経営・事業開発支援、組織人事問題に関する業務に従事、IT系上場企業などの役員を経て現職。現在は障害者支援団体のアスカ王国(橋本久美子会長/橋本龍太郎首相夫人)をライフワークとしている。NHKや民放各社のテレビ出演や、経済誌などからの取材・掲載多数。著書も多く、近著に「頭がいい人の読書術」(すばる舎)がある。埼玉大学大学院経済学研究博士課程前期(経済学修士、経営学修士)。

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