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「生成AIが思考力を低下」の言説から見える“問題点” 大学教員の見解

「生成AIを使うと思考力が低下する」といわれていますが、本当なのでしょうか。大学教員が見解を示します。

生成AIは思考力を奪う?
生成AIは思考力を奪う?

 2022年以降、「ChatGPT」「Bard」などの「生成AI(人工知能)」が相次いで登場しました。こうしたシステムは、自分が検索したい情報を入力すると、比較的正確な情報を瞬時に提示するのが特徴ですが、中には、この利便性に着目し、「生成AIは人間の思考力を低下させる」と主張する人もいます。

 生成AIは本当に人間の思考力を低下させるのでしょうか。生成AIとの向き合い方などについて、事故防止や災害リスク軽減に関する心理的研究を行う、近畿大学生物理工学部・准教授の島崎敢さんが解説します。

「生成AI」活用で新たな能力が求められる

 8月5日に配信された「学校で『生成AI』が活用されないワケ」の記事で、私が取り上げた文部科学省の「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」には、実は「思考力」という単語は2回しか登場していません。

 1つは「批判的思考力(中略)への影響(中略)を十分に考慮する必要がある」というくだり。もう1つは「思考力を低下させるのではなく、高める使い方をする(中略)ことが期待される」というくだりです。

 つまり文科省は、生成AIを必ずしも「思考力を下げるもの」とは考えておらず、「思考力が高まる可能性」も視野に入れながら、思考力を「下げないかを検討する必要がある」「高める使い方をする必要がある」と宣言しているようです。

 一方、ネット上で「生成AI」「思考力」で検索してみると、生成AIを使うことで思考力が低下するという論調の記事や書き込みがたくさん見つかりました。そこで今回は、生成AIが本当に人間の思考力を下げるのかを考えてみたいと思います。

 表計算ソフトがなかった時代、膨大な計算を伴う会社の経理や研究データの処理は、そろばんや電卓に頼るしかありませんでした。例えば、100行の数値を合計するには、99回の足し算をする必要があり、そのためにひたすらそろばんを弾いたり、電卓のボタンをたたいたりする必要がありました。

 しかし、表計算ソフトを使えば、SUM関数と範囲を指定するだけで、すぐに合計が出てきます。そろばんや電卓の場合、100行が1万行になれば労力は100倍になりますが、表計算では同じ労力で1万行の合計をすぐに算出可能です。

 では表計算ソフトの登場によって私たちの思考力は低下したのでしょうか。確かに暗算の速度や正確性だけを測れば、表計算ソフトを使う現代人は、そろばんで計算をする昭和以前の人よりも計算能力は低下しているかもしれません。

 しかし、表計算ソフトは、そろばんや電卓にはないさまざまな機能を持っています。例えば、「条件式を使って費目ごとの合計を出す」「マクロを使って伝票を自動作成する」「確率分布を使って仮想のデータを作り出す」などです。

 表計算ソフトのユーザーは、これらの機能を駆使して情報処理を効率よく行っていくために、そろばんを使って高速で正確な足し算さえしていればよかった時代よりも、はるかに高度な思考力を求められています。

 表計算だけではありません。文字が発明されたおかげで、私たちはすべてを暗記する必要がなくなりましたが、同時に読み書きを覚える必要に迫られました。車が製造されたおかげで、体力がなくても遠くへ気軽に出掛けられるようになりましたが、同時に運転スキルや交通ルールを覚える必要に迫られました。

 このように、人類が生み出してきたテクノロジーは、どれも人間の生活を楽にしてくれた分、一部の能力を低下させてきたのかもしれませんが、同時に別の能力を要求してきたのも事実です。

 生成AIは、人間が日常的に使う自然言語の質問に対し、自然言語で返答してくれます。しかも、時として優秀な人間よりも的確な答えを出してくれるため、脅威に感じることがありますし、頼っていたら思考力が下がると思う気持ちは分かります。もちろん、生成AIが出した答えをコピペ(コピー・アンド・ペースト)するだけで課題を提出し続けていれば、思考力は下がるでしょう。

 しかし、これは生成AI特有の事情ではなさそうです。次の3つのケースを考えてみましょう。

(1)自分より詳しい人に教えてもらい、聞いた内容をそのまま書いて課題を提出する。
(2)本やネットで調べて、そこに書かれていた内容をそのまま書いて課題を提出する。
(3)生成AIが出力した答えをそのまま書いて課題を提出する。

 これら3つのケースはいずれも思考力を低下させる行為です。そして、(1)や(2)は生成AIがあるから実現することではなく、昔からできたことです。生成AIによる「ズル」は人を介さないので誰も止めてくれないし、コピペ発見ソフトでは取り締まれないという問題があります。

 しかし、生成AIがあろうがなかろうが、昔からズルをする人はするし、自分のために努力する人はするので、生成AIの登場によって何かが本質的に変わったとは思えません。

 生成AIの答えに不正確な情報が含まれる点を懸念する人もいますが、これは上記の(1)や(2)にも当てはまることです。私が子どもの頃に習った源頼朝の肖像画は、現在では別人の可能性が高いといわれており、教科書に掲載されている情報であっても、必ず正しいとは限りません。

 情報源が何であれ、疑ってかかり、批判的な目で見て裏取りをするという「情報リテラシー」は今も昔も必要です。だとすれば、普段からもっともらしい口調でしれっとうそをつく生成AIを使っていた方が、情報をうのみにしない批判的思考力が身に付くのかもしれません。

【画像】文部科学省が「生成AIと思考力」の関係を説明している資料

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島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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