オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

エスカレーター、歩くか否か、2000人の答えは? 「片側空けは20世紀の遺物」指摘も

立ち止まって乗る「機械」

 次に、文化人類学者で、エスカレーターと社会の関係について研究している、江戸川大学名誉教授の斗鬼正一さんに話を聞きました。

Q.エスカレーターの片側空けが始まったのは、いつ、どこででしょうか。

斗鬼さん「まず、エスカレーター自体の歴史を少しお話しします。1900年のパリ万博が世界初登場で、日本では1914年3月に東京・上野で開かれた東京大正博覧会が最初です。同じ年に三越呉服店、現在の日本橋三越本店にも設置されました。ただ、エスカレーターが日本の鉄道各駅に広く普及したのは、ここ20年くらいのことで、バリアフリー法など、移動の円滑化に関する法整備を受けての動きです。

片側空けですが、エスカレーターの登場とともに始まったものではありません。私が調べた限りでは、1943年ごろ、ロンドンの地下鉄で始まったとみられます。当時は第2次世界大戦中で、戦時体制です。効率を上げることが最重要視され、弱者の存在は無視される風潮のある時代でした。

日本では1967年ごろ、阪急の大阪梅田駅(当時は京阪神急行電鉄の梅田駅)で、『急ぐ人のために左側を空けましょう』とアナウンスしたのが最初と考えられています。1967年といえば、高度経済成長期です。東京の場合は1989年ごろ、JR新橋駅、東京駅の地下5階ホーム、千代田線の新御茶ノ水駅の深いホームで自然発生的に始まったといわれます。1989年はバブル経済の時期です。

つまり、戦争、高度成長、バブルが片側空けと関係しています。効率を上げることが重視され、『速いことはいいことだ』という風潮、それを支える社会的背景があったわけです。ちなみに、歩道橋が激増したのも高度経済成長期でした。歩道橋は、極端に言えば、『脚の弱い人は道路を渡るな』的存在ですよね。

一方で、『危ないから、エスカレーターで歩かないで』という呼び掛けも、2000年代に始まりました。名古屋市の地下鉄では2004年から、福岡市の地下鉄では2006年から呼び掛けています。横浜や大阪でも2010年ごろから呼び掛けがあり、東京が最も遅かったです。ただ、なかなか変わらないのが実情です」

Q.アンケート結果を見て、歩く人と立ち止まる人の割合について、どのように思われましたか。

斗鬼さん「『いつも歩く』という人は、典型的な20世紀のジャパニーズビジネスマンタイプではないでしょうか。東京近郊の男性会社員、『24時間戦えますか』の世界です」

Q.アンケート結果での右空け、左空けの割合や地域性については。

斗鬼さん「東京の『左177人、右5人』という結果は、同調圧力が強過ぎるのだと思います。阪神地区は右に立つ人が多いのですが、大阪では、右が多いとはいえ、左に立つ人もそれなりにいます。兵庫も同様です。東京で左ではなく、右に立つ人は、『歩くことの問題点を知らせたい』といった意図を持って立つ人だと思います」

Q.エスカレーターで歩くことの問題点は。

斗鬼さん「最も大きな問題は、やはり危ないということです。アンケートでも、事故やもめごとを見たり経験したりした人が126人もいるということは、それだけ事故があるということでしょう。エスカレーターでの事故で救急搬送された人は2020年、東京消防庁管内で1069人ですが、これはコロナ禍で激減しての数字です。しかも、救急車によって運ばれた人のみの数字で、氷山の一角にすぎません。

そもそも、エスカレーターは歩くことを前提に造られていません。立ち止まって乗る『機械』です。建築基準法施行令で、ステップの幅が110センチ以下と決められており、歩く幅はありませんし、他方ステップの高さは決められていません。つまり手すりにつかまって立っておくことが前提になっているのです」

Q.では、エスカレーターの片側空けの問題点は。

斗鬼さん「片側空けについては、困っている人がいるという問題があります。障害者やお子さん連れ、大きな荷物を持っている人は、片側を空けられないことがあります。さらにいえば、片側空けは不合理です。片側だけ長蛇の列、という光景を見たことがある人は多いと思います。ばかばかしい光景です。急ぎたいと歩いている人がいて、そのために片側を空け、かえって輸送効率は落ちているのです。

2列に並んで立った方が、輸送効率がよいことは、ロンドンの地下鉄で実験をして証明されています。輸送能力が3割上がったそうです」

Q.エスカレーターを安全に、快適に使うために心掛けるべきことを教えてください。

斗鬼さん「設置者の側が、必ず階段を併設する、1台だけ高速化する、1段に1人しか乗れないエスカレーターを設置するといった工夫も有効だと思います。『歩くと危険』という呼び掛けについて、施設側や行政が統一することも期待したいです。しかし、一番大切なことは、そもそも階段とエスカレーターとは違うものだという認識を、一人一人が持つことです。

文化人類学の視点でいうと、日本社会の同調圧力や、多様性を認めない社会という点にもつながっています。私たちは、食べる速さや歩く速さについて、自分で決めているつもりでいますが、実は時代によって違います。20世紀のジャパニーズビジネスマン世代は、今でも食べるのが速いです。高齢者より若い人の方が遅いんです。自分で速さを決めているのではなく、時代の価値観に動かされているのです。

エスカレーターの片側空けについて、先ほど、戦時体制、高度成長期、バブル経済の時期に、始まりがあったと説明しました。ブラック企業や過労死の問題とも関係していると思います。時代は変化していきます。片側空けは『20世紀の遺物』と言ってもいいでしょう。

目先の危険だけでなく、急ぐ必要性が本当にあるのか、果たして、自分の意思で急いでいるのか、考えてほしいのです。成熟型の社会に向かっていき、心にゆとりのある社会になっていくと、エスカレーターの問題も解決していくのでは、と期待しています」

※この記事はオトナンサーとYahoo!ニュースによる共同企画で、Yahoo!ニュースが実施したアンケートの結果を活用しています。アンケートは2022年2月1日、全国のYahoo! JAPANユーザーを対象に行い、2000人から有効回答を得ました。年代は30代(17%)40代(33%)50代(28%)が多く、男女比はほぼ6対4。職業は会社員42%が最多で、自営業・フリーランス13%、専業主婦(主夫)13%などでした。
※アンケートのパーセンテージは小数第2位を四捨五入しており、合計が100%にならない場合があります。

(オトナンサー編集部)

【画像】エスカレーター、左右どちらに立つ? 東京、大阪、神奈川…各地の状況を円グラフで見る

画像ギャラリー

1 2

斗鬼正一(とき・まさかず)

文化人類学者、江戸川大学名誉教授

1950年、神奈川県鎌倉市生まれ。明治大学大学院博士後期課程単位取得退学。江戸川大学教授、明治大学大学院と文学部の兼任講師を経て、江戸川大学名誉教授。専門は文化人類学、異文化コミュニケーション、文化史で、日本人の異文化導入過程を考察。車内マナー、整列乗車など、鉄道に関する文化も研究テーマとしており、エスカレーター文化唯一の研究者として「エスカレーター乗り方改革は生き方改革・働き方改革」「心のゆとり・多様性重視の成熟型社会への第一歩」と提唱。近著「開幕!世界あたりまえ会議―私のふつうは誰かのありえない」(ワニブックス)などで、常識や当たり前とされることに挑戦し、知的発見を楽しむ「楽問のススメ」を発信している。

編集部おすすめ記事

ライフ 最新記事

ライフの記事もっと見る

コメント

CAPTCHA