コロナ禍で「リストラ」をする企業を待つ暗たんたる未来
就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

コロナ禍で希望退職や早期退職の募集がたびたびニュースになります。会社の倒産が迫っている状況であれば、やむを得ないのかもしれませんが、そんな中、「バス11台を手放したけど雇用は守った」という観光バス会社の投稿がSNSで話題になりました。バスは買い戻すことができても、ベテラン運転手やバスガイドはお金で買えるものではないという概要でした。コロナ禍で「雇用を守る」ことの意味について考えてみます。
最も問題なのは生産力の減退
一連のコロナ禍への対策の中で、世界中の政府は「雇用の維持」に重点を置いて、さまざまな政策や財政出動を打ち出しています。それは「景気が悪いから」といって雇用を減らす、すなわち、人が仕事を失うことになれば、それに伴って消費や投資が減り、景気の底支えがなくなり、さらに景気が悪化するという悪循環に陥るからです。
実際、GDP(国内総生産)のうち、家計消費は半分以上もあります。生産と所得と支出は一緒(GDP三面等価の原則)ですから、結局は誰かの所得も減ることになります。ですから、各国政府は躍起になって雇用を守る努力をしています。そして、この中で最も問題なのは「生産力の減退」ではないかと思います。一時的に所得が減ったり、そのために支出が減ったりするのは致し方ないことですが、景気に応じて、ある程度柔軟に対処できます。お金がなければ使わなければよいだけです。
しかし、生産能力が落ちると回復するのに時間がかかります。どこかの会社で何かの技能を備えた人が仕事を失い、その技能を徐々に忘れてしまう。あるいは、どこかの会社で商品を生み出す生産設備を売却したり、必要な改修を行わなくなったりする。そうなれば、景気が回復し始めたときに、伸びようとする支出に生産力が追いつかなくなり、インフレ(物価上昇)を起こすかもしれません(今はデフレなので多少はよいかもしれませんが、行き過ぎれば生活に支障を来します)。
採用と育成のどちらを重視?
生産力を構成するものは原材料と生産設備と人間です。もちろん、AIやロボットで、人間なしでも生産をしているところも既に多くありますが、そのAIやロボットを造るのは今のところまだ人間ですから、そういう意味では、生産力に一定の技能を持った人間は不可欠なのです。
企業が生産力に必要な人間を獲得するためには「育成」「採用」という2つの方法がありますが、企業研修の市場は約5000億円、求人広告などの人材採用サービスの市場規模は10兆円近くで20倍ほどの差があります。この大きな差は企業が「採用」を重視している証拠ではないでしょうか。つまり、「できる人にする」のは難しいから、「できる人を採る」ことを重視するのです。生産力を高めようとするなら、「人材採用力」を持たねばならないのです。
リストラで採用力はガタ落ち
ところが、この採用力の「天敵」がリストラ(整理解雇、早期退職募集等)です。企業がリストラを行うということは「人が一番大事」と表面的には言っていながら、結局、緊急事態になれば、人を切ることで会社を存続させようということだからです。
もちろん、本当に会社が倒産してしまうような状態であれば仕方のないことですが、「黒字リストラ」など、業績は一定以上に好調で他に手段があるにもかかわらず、「将来のさらなる成功のため」にリストラを行うならば、「結局、この会社の経営陣は、社員なんてただの“手段”だと思っているんだ」と企業の評判はガタ落ちするでしょう。そうなれば、いざ採用をしようと思ったときにも既に採用力もガタ落ちしており、「人が集まらない会社」になってしまいます。
ですから、「雇用は守る」という姿勢を貫くことは大切なのです。ここで重要なのは「どんなときでも人を入れ替えてはいけない、ミスマッチの人でも退出させてはいけない」ということではないということです。事業が変遷していけば、必要な人材も変わっていきます。個人の側から見ても、自分に合わない会社で仕事を続けることが幸せでない場合も多いことでしょう。
ですから、「人の退出」自体が悪いわけではありません。しかし、会社から「出て行ってほしい」というのと、個人が自分から「出て行く」ことは全く違います。前者は人の尊厳を傷つけますが、後者であれば、必ずしもそんなことにはなりません。つまり、緊急事態になったときにリストラなどの劇薬を使わなくても済むよう、日頃から組織の新陳代謝を行っておくことが必要なのです。組織に一定の「遠心力」を働かせることで、ミスマッチな人が出て行きやすい状態にしておくのです。
「遠心力」を作る方法はいろいろあります。退職金制度などは代表的なものです。また、社員が「自分のキャリアは自分でつくる」というキャリア自立の意思を持てるような研修もよいでしょう。その前提として、自分がどのような能力やスキルを持っているかを認識できるような機会や人事評価・フィードバックを行うことも重要です。
こうして、自然に人が入れ替わっていく状態をつくり出すことができれば、緊急事態のときに人を切らなくて済み、評判を落として採用力を減退させなくてもよくなるのです。
(人材研究所代表 曽和利光)
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