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坂道グループがコロナ禍で発信したもの 見えた「オンライン配信」の可能性

新型コロナウイルスにより、自らのアイデンティティーを揺るがされることとなったエンタメ業界。乃木坂46、櫻坂46、日向坂46の“坂道シリーズ”の活動もまた、例外ではありませんでした。筆者が解説します。

乃木坂46(2019年12月、時事)
乃木坂46(2019年12月、時事)

 新型コロナウイルスの感染拡大は世界規模の被害をもたらし、人々の生活に甚大な影響を及ぼしています。エンターテインメントもまた、分野を問わず、それまで行っていた活動の休止・制限を余儀なくされ、音楽や演劇をはじめとしてライブ型の発信に多くを負うエンタメは表現の場所を失い、自らのアイデンティティーを揺るがされる事態に直面してきました。

 本稿は乃木坂46、欅坂46(改名後は櫻坂46)、日向坂46の“坂道シリーズ”にとっての2020年を見ていくものですが、これらのグループによるアウトプットもまた例外なく、コロナウイルス感染拡大の状況下を前提になされてきました。ここでは、今般の情勢を受けての、坂道シリーズの発信に焦点を当てて振り返ることにします。

 ライブイベントにせよ、メディア露出にせよ、大規模で活動しているポピュラーグループの動きを捉えることで、エンターテインメントの送り手が先の見えない状況にどのように対応してきたかの一端を確認することにもなるはずです。

非常事態ゆえの独特の体験共有

 2020年、坂道シリーズの3グループはそれぞれに転機の予兆を迎えていました。乃木坂46では年始に、グループの顔であった白石麻衣さんの卒業発表があり、彼女のラストシングルでも組織として一つの締めくくりを感じさせる作品作りが行われました。

 欅坂46では同じく1月に平手友梨奈さんの脱退、他にも1期生メンバーが卒業を選び、グループ全体を再構築する必然性が高まったタイミングでした。また、日向坂46は先行2グループを追うべく、年末に初の東京ドーム公演を予定し、2020年はその一大目標に向けてアリーナツアーを展開していくための年でした。

 それぞれの節目に向けて企図されていたはずの活動は今春、一度全てリセットされることになります。

 刻々と変わる状況に応じて、エンターテインメント界はいずれのジャンルにおいても、その都度、発信方法が探られていきました。ライブハウスや劇場、映画館などが使用できなくなる中、まず春ごろに増えていったのは、過去のコンサートや舞台公演などの動画アーカイブがインターネットを通じて配信されていく機会でした。

 坂道シリーズでは5月、2017年に行われた乃木坂46の東京ドーム単独公演をYouTubeでプレミア配信し、同時視聴数が連日30万人を超える盛況をみせます。配信時間中には、グループの公式ツイッターを用いてメンバーが次々に投稿を行い、かつての節目の公演を回顧する時間が生まれましたが、ファンと同じソーシャルメディア上にグループのメンバーたちが疑似的に集い、共に自らの公演を分かち合う光景はむしろ、通常のライブ開催では生じ得ないものでした。

 こうした、非常事態ゆえの独特の体験共有は同じ5月の下旬、欅坂46がやはり2017年の公演を配信した際にも見ることができました。

 春から初夏にかけて、さまざまな芸能分野で新たな作品制作が模索される中、演者やスタッフがリモートで音楽や芝居などコンテンツ作りをすることも増え、MVを含めて新たな楽曲が発信されることも珍しくなくなります。

 この文脈において、特筆すべきは乃木坂46が5月にMV公開、6月に音源リリースした楽曲「世界中の隣人よ」です。各メンバー・卒業メンバーが自宅などで収録した自撮り映像や空っぽの街の景色を中心に構成されたMVは、緊急事態宣言下における空気感やクリエーティブの試行錯誤を伝える一つの記録にもなりました。

 また、同曲に見られる感染拡大防止の祈念や医療従事者への謝意は、広く有名性を得た近年の乃木坂46がしばしば担う、人々との普遍的な共鳴を歌う作品とも相通じるテーマ性を持つものでした。その意味でも“現在”が刻まれた作品だったといえるでしょう。

 夏ごろになると、春以降上映が延期されていた日向坂46と欅坂46のドキュメンタリー映画が相次いで公開され、これにより、坂道シリーズ3グループ全ての劇場版ドキュメンタリーが出そろうことになります。また、両グループはそれぞれ、日向坂46名義として初のアルバム、そして、欅坂46名義としての区切りとなるベストアルバムを発表。いずれもシングル制作とは趣が異なるものの、坂道シリーズが従来のリリース形態に近い形で新作タイトルの販売を再開させる機会ともなりました。

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香月孝史(かつき・たかし)

ライター

1980年生まれ。ポピュラー文化を中心にライティング・批評やインタビューを手がける。著書に「乃木坂46のドラマトゥルギー 演じる身体/フィクション/静かな成熟」「『アイドル』の読み方 混乱する『語り』を問う」(ともに青弓社)、共著に「社会学用語図鑑 人物と用語でたどる社会学の全体像」(プレジデント社)、執筆媒体に「RealSound」など。

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