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坂道シリーズに受け継がれる「個人PV」 映像制作がグループにもたらすものとは

今や坂道シリーズ全体で制作される「個人PV」。膨大な手間を掛け、メンバー一人一人に焦点を当てるこの映像制作がグループに何をもたらすのか、筆者が分析します。

伊藤万理華さん(2019年6月、時事)、遠藤さくらさん(2019年12月、同)、加藤史帆さん
伊藤万理華さん(2019年6月、時事)、遠藤さくらさん(2019年12月、同)、加藤史帆さん

 7月9日から放送が始まったテレビドラマ「お耳に合いましたら。」(テレビ東京系)はチェーン店グルメを主題にしつつ、劇中に登場するポッドキャスト番組が実際にオーディオストリーミングサービス「Spotify」でも配信されるなどの試みが盛り込まれた作品になっています。このドラマの見どころの一つが、各話の最後に主人公・高村美園を演じる伊藤万理華さんが披露する、ワンカットのダンスショットです。

 エンディングテーマ(にしな「東京マーブル」)をバックに、エピソードごとにロケーションを変えて映し出されるダンスは、伊藤さんの身のこなしと振り付けを担当する菅尾なぎささんとの好相性もあり、軽快さとゆるやかさが絶妙に掛け合わされた表現を生み出しています。

 この秀逸なダンスショットは過去に断続的に生み出されてきた、とあるクリエーティブにルーツを求めることができます。それが、伊藤さんがかつて所属していた乃木坂46が制作し続けている「個人PV」と呼ばれる作品群です。

定番化した「個人PV」

 個人PVは伊藤さんが俳優、あるいはパフォーマーとして注目される大きな契機でもあり、また、「お耳に合いましたら。」でもタッグを組む振付家の菅尾さんと出会った場でもありました。そして何より、伊藤さんをはじめ、多くの演者とクリエーターが実験的な創作を積み重ねてゆくフィールドとして、個人PVという企画は存在します。

 改めて、個人PVの概要を説明すると以下のようになります。2012年2月にデビューした乃木坂46はシングルリリースごとに楽曲MVの他に、所属メンバー、一人一人を主演としたショートムービーを制作してきました。特に、デビューからの数年はシングルが制作されるたびに、原則として、稼働メンバー全員分のムービーが作られていました。このショートムービーを個人PVと呼んでいます。

 1つのシングルで制作される個人PVについて、基本的にはほぼ全ての作品で異なる監督を招聘(しょうへい)するため、その都度、数十名のクリエーターに乃木坂46名義の短編作品を託すことになります。どのような内容の作品にするかはおおよそ、各クリエーターに委ねられているため、作られる映像のジャンルはドラマであったり、音楽的な作品であったりと幅広く、それゆえに思いがけない創作が生み出される、実験的な場所と言えます。乃木坂46が誇るクリエーティブの豊かさを象徴する、継続的な営みがこの個人PVです。

 もっとも、周知のように2010年代半ば以降、乃木坂46はアイドルシーンの中心的グループとなるばかりでなく、社会的にも大きな存在になっていきます。シングルリリースのたびに、メンバー全員分の個人PVを制作するという膨大な手間を確保するのも容易ではなく、そのためか、ここしばらく、個人PV制作のペースは鈍っていたのが実情です。

 しかし、今年6月にリリースされた最新シングル「ごめんねFingers crossed」では、実に4年ぶりにメンバー全員分の個人PVが制作されました。1期生から4期生までの所属全メンバーの個人PVが同時に作られる、グループ史上でもまれな状況が生まれていたのです。

 また、個人PVという独特の表現フォーマットは現在、後続グループに継承されながら、その可能性を広げています。乃木坂46の「ごめんねFingers crossed」発売に先立ってリリースされた、同じ「坂道シリーズ」の日向坂46の最新シングル「君しか勝たん」に収録されていたのも、やはり、日向坂46全メンバーの個人PVでした。つまり、今年5~6月にかけて、坂道シリーズの2グループが連続して、全メンバーの個人PVを発表したことになります。

 さらにいえば、個人PVは坂道シリーズ2つ目のグループとして生まれた欅坂46(現・櫻坂46)もシングルリリースに際して採用していた企画であり、櫻坂46名義での最初のシングル「Nobody’s fault」の折にも、改名以前の時期に作られていた個人PVが発表されています。乃木坂46がデビュー以来、継続してきた映像制作の土壌は今や、半ば、坂道シリーズ全体の財産になっています。

 また、かつて、AKB48グループのNGT48が坂道シリーズと同じ、ソニー・ミュージックレーベルズ内の別レーベル「アリオラジャパン」に所属していた時期には「個人映像」という企画名で、実質的に個人PVと同一の志向を継ぐ作品群を制作していました(起用される映像作家も一部、坂道シリーズの個人PVに参加している人たちと共通しています)。多人数グループにおいて、個々人の表現を育んでいくためのフォーマットとして、個人PVは2010年代を通じて静かに定番化し、現在に至っています。

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香月孝史(かつき・たかし)

ライター

1980年生まれ。ポピュラー文化を中心にライティング・批評やインタビューを手がける。著書に「乃木坂46のドラマトゥルギー 演じる身体/フィクション/静かな成熟」「『アイドル』の読み方 混乱する『語り』を問う」(ともに青弓社)、共著に「社会学用語図鑑 人物と用語でたどる社会学の全体像」(プレジデント社)、執筆媒体に「RealSound」など。

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