アイドルとミュージカルの橋渡し的存在 生田絵梨花が乃木坂46にもたらしたもの
乃木坂46の生田絵梨花さんが、年内いっぱいの活動をもって卒業することを発表。グループにもたらした功績と足跡をたどります。

乃木坂46の生田絵梨花さんが、年内いっぱいでグループから卒業することを発表しました。11月11日には、音楽特番「ベストヒット歌謡祭2021」(読売テレビ・日本テレビ系)に乃木坂46が出演し、生田さんが在籍中にセンターを務める最後の楽曲「最後のTight Hug」を披露。また、年明けの2022年1月公開予定の映画「コンフィデンスマンJP 英雄編」に生田さんが出演することも先ごろ発表され、グループを離れて以降の、俳優としての展開も見えてきました。
2012年のデビュー以来、乃木坂46の中心メンバーであり続けた生田さんはまた、在籍期間を通じて、ミュージカル俳優としての地歩を固めてきた人物でもあります。人気グループの活動と大型劇場のミュージカルへの継続的な出演とを兼ねながら、キャリアを歩むモデルを体現してきた生田さんはかねてより、舞台で活躍する俳優を多く輩出している乃木坂46の強みを知らしめる旗手的な存在と言えます。
もっとも、生田さんの活動の在り方は乃木坂46メンバーの演劇活動全体を概観するとき、幾分特異なものでもありました。
先んじて出演したミュージカル
生田さんはグループの中でも先んじて、2014年、手塚治虫さん原作のミュージカル「虹のプレリュード」に主演した後、2015年に「リボンの騎士」、2017年の「ロミオ&ジュリエット」「レ・ミゼラブル」、2018年に「モーツァルト!」と、帝国劇場など大型劇場のミュージカルで主要キャストを務め続けます。他方でこの時期、乃木坂46は総体として舞台演劇へのアプローチを本格化させ、特に2015年以降はメンバー8名が出演した「すべての犬は天国へ行く」などをはじめとして、グループ主導の演劇企画も充実させていきました。
生田さんはそれらグループ主導の作品に直接関わるというよりは、乃木坂46の演劇志向の中心的な立場にありつつも、ミュージカルに特化して外部の舞台作品への出演を続け、彼女特有の道を切り開いていきます。
そうした歩みはやがて、広く認知されるようになります。テレビの音楽特番などでもミュージカル俳優としての側面がフィーチャーされることも増え、また、2017年末にはMTVのアコースティックライブ「MTV Unplugged」にもソロ出演を果たすなど、歌唱を武器とする一人の演者としてのプレゼンスを高めていきます。
ソロとしての活動で飛躍する一方で、「MTV Unplugged」のセットリストが乃木坂46の楽曲を広く取り入れたものであったように、生田さんは乃木坂46の中心的な役割を担い、グループの存在を世に浸透させる人物でもあり続けました。
2017年にリリースされた乃木坂46のシングル「インフルエンサー」付属DVDに収録された生田さんの個人PV「スケジュール!」は、生田さんがグループの楽曲MV撮影と「ロミオ&ジュリエット」出演とをせわしなく掛け持ちするさまを映し出したドキュメンタリーです。舞台の本番出演を終え、その足でグループに合流して、短時間で新曲の振り付けを覚え込み、すぐさまMV撮影に臨むその映像は多忙なアイドルグループ活動とソロのミュージカル俳優としての活動とを兼ねる、一人の演者のリアリティーを伝えるものになっています。
このドキュメンタリーはまた、日々複数の場を渡り歩き、短い時間でその都度、即時的なアジャストが求められるアイドルという職業の特質をのぞかせてもいます。水準の異なるいくつもの現場で、ある種、インスタントな適応を次々に行っていくアイドルの職能はその性質ゆえに、非熟練的なものであるとみなされがちです。
しかし、いくつものジャンルを越境しながら、そうした即時的な対応を続けるアイドルの職業的性格と、越境した先の特定分野での専門性を磨いていくこととが両立しうるという道筋を、生田さんはその活動をもって証明してきました。同ドキュメンタリーはアイドルの営みが持つ可能性を照らすものでもあります。
アイドル活動の可能性を広げた
乃木坂46の中でも、やや独特だった生田さんの舞台演劇キャリアはいつしか、グループ全体が継続してきた演劇への志向と、より強く呼応します。乃木坂46では生田さんに限らず、多くのメンバーが外部舞台作品への出演を続け、力を蓄えてきました。
メンバーそれぞれの活動は年を追うごとに、単発的な点の集合ではなく、全体として一つの線を描き始めていました。そして、2010年代終盤には、これまで、生田さんが多く出演してきた東宝制作のミュージカルの主要キャストに他の乃木坂46メンバーや卒業メンバーも度々出演するようになります。
それぞれに実績を重ねてきた桜井玲香さんや井上小百合さん、衛藤美彩さん、樋口日奈さんらが相次いで、東宝ミュージカルに出演し、生田さんも2度目の「レ・ミゼラブル」出演となった2019年は一つの象徴的な年だったと言えるでしょう。それは、生田さんがアイドル活動との橋渡しをするように、ミュージカルに特化しつつ、道を作ってきた先に生まれた一つの理想的な展開でした。
近年では、松尾スズキさんの代表作として語られることも多いミュージカル「キレイ〜神様と待ち合わせした女〜」の通算4度目となる公演で主役のケガレを演じ、これまでの舞台キャリアをさらに広げてみせます。劇団「大人計画」主宰で、数々の傑作を生んできた松尾さんの作品の中でもとりわけ、本格ミュージカルとしての趣を持つ同作ですが、最新の上演となった同公演はこれまでで最も音楽面での強度を増した印象でした。
すでにミュージカル俳優として経験を重ねた上で参加した生田さんの声は、その成果に大きく関与していました。その後の松尾さんとの継続的な関わりも踏まえると、正統派のミュージカルとメジャーアイドルグループの活動で養われた力が幅広く、俳優としての応用力を高めていくのは、まさにこれからなのかもしれません。
長きにわたるアイドルとしての日々を通じて、アイドルグループで活動することがいかなる可能性の広がりを持っているのか、また、どのような強靭(きょうじん)さが培われる職業であるのか、それを唯一無二の形で示してきたのが生田さんだと言えるでしょう。
(ライター 香月孝史)
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