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夏の海水浴場でマスク 「コロナ」リスクと「熱中症」リスク、どう判断する?

世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者である筆者が解き明かしていきます。

新型コロナと熱中症、リスクを比較すると…
新型コロナと熱中症、リスクを比較すると…

 先日、海水浴場で、マスクと浮輪を着けて海に入っている人たちを目撃しました。「おー、そう来るか!」と驚きましたが、一方で「マスク警察」なる人たちの台頭もニュースから漏れ聞こえてきます。中国では、マスクを着けて体育をしていた子どもが熱中症で亡くなる事例も相次いでいますが、世界では、新型コロナウイルスが依然として猛威を振るっていて、マスクを外すのは怖い気がします。

 感染と熱中症の両方のリスクがあるとき、私たちはマスクをすべきなのでしょうか、外すべきなのでしょうか。結論から言うと、「状況による」という煮え切らない答えなのですが、思い込みで「着ける、着けない」を決めるのではなく、ちょっとだけググって(グーグルなどの検索エンジンで調べて)みて、資料やデータに基づいて決めましょうというのが、この記事の言いたいことです。

主観的リスクと客観的リスクのずれ

 まずは、リスクについて、心理学者の立場から簡単に解説します。

 皆さんが「怖い」と思う感覚(主観的リスク)と科学的に計算した本当のリスク(客観的リスク)は、大抵ずれています。飛行機が離陸するとき不安になって、着陸するとホッとするのに、空港から自宅に帰る車で事故に遭う心配はしません(客観的には、自動車事故のリスクの方がずっと高い)。リスクを下げたいなら、客観的リスクに基づいた判断をすべきです。

 2つの行為の客観的なリスクをきちんと計算してみると、100倍や1000倍違うことがよくあります。軽くググって得られる情報では、専門家のような正確なリスク計算はできませんが、100倍や1000倍も違う場合には、大ざっぱな情報収集でも「多分こっちが低リスク」くらいの判断はできます。このとき、個人が思い込みで発信している感情的な情報ではなく、信頼できる機関が発信している情報、根拠の出典が明記されている客観的な情報を参照するのがポイントです。

 リスクを下げる行為は、他のリスクを高めることがあります。例えば、原発を止めれば放射能汚染のリスクは下がりますが、温暖化のリスクが上がります。同様に、マスクを着ければ感染のリスクは下がりますが、熱中症のリスクが上がります。こういうときは、全体のリスクが下がる方法を選ぶ必要があります。

海水浴場と満員電車では違いも

 まずは、新型コロナの感染経路について情報を探してみましょう。直接、飛沫(ひまつ)が飛ぶ至近距離に感染者がいる場合、あるいは、飛沫が付着したものに触れた手で自分の粘膜に触ってしまう場合が感染経路の定番のようです。また、感染者と一緒にいた場合は、会話があり、風通しが悪いと感染リスクが高まるとされています。

 では、新型コロナに感染している人は、日本にどれくらいいるのでしょうか。6月末現在、日本の感染者の累計は1万9000人弱。この中には、完治した人も多数いますが、PCR検査の数が不十分という意見もあるので、差し引きゼロとして、ひとまず1万9000人を日本人口の約1億3000万人で割ると、日本には、およそ7000人に1人の割合で感染者がいる計算になります。

 冒頭の海水浴場には、シーズン前で20人くらいしか人がいなかったので、そこに感染者がいる確率は単純計算で350分の1ぐらいです。感染者の密度は地域で違うし、体調の悪い人は海水浴に来ないと思われるので、確率はこれよりもだいぶ下がります。

 広い海水浴場では、隣のグループと飛沫が飛ぶような距離に近づくこともなさそうだし、風通しもよいので、万一、そこに感染者がいたとしても、自分が感染するリスクは限りなく低そうです。もともと、リスクがとても低いので、マスクを着用してこれを半分にできても効果はわずかです。

 対する、熱中症はどうでしょうか。この日の気象記録を検索してみると、気温は約30度、湿度は約75%でした。熱中症予防のサイトを探してみると、気温30度、湿度75%は「特に注意」や「厳重注意」という表現になっていて、「危険」「極めて危険」というほどではないにせよ、熱中症のリスクはそこそこ高いことが分かります。

 新型コロナの方は、感染源に晒(さら)される確率が350分の1程度でしたが、気温や湿度、お日さまなど熱中症の危険要因には、皆100パーセントの確率で晒されています。もっとも、水に入って遊んでいるので、熱中症のリスクも多少は低くなりそうですが、少なくとも新型コロナに感染するリスクより、熱中症のリスクが高いのは間違いなさそうです。

 もちろん、逆のケースもあります。あなたが満員電車に乗っていて、窓が開かないタイプの車両で、近くにゲホゲホ言っている人がいるなら、そこそこ高そうな感染リスクを下げるためにもぜひ、マスクをすべきです。そして、その車両の空調が正常に働いているなら、マスク着用による熱中症のリスクは無視してよいレベルです。

 今回は、感染と熱中症の2つのリスクを考えてみましたが、「3つ以上のリスクを考えなければいけない場合」「リスクとリターンをてんびんにかけなければいけない場合」など、人生にはさまざまな決断の場面があります。そんなとき、直感や思い込みだけに頼って合理的でない行動をするのではなく、ちょっとだけググって、資料やデータに基づき、科学的で合理的な判断をする習慣をつけてみてはいかがでしょうか。

(名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢)

島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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