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なぜ日本人の所得は上がらないのか…意外とシンプルな3つの理由と、1つの処方箋

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

なぜ日本人の所得は上がらない?
なぜ日本人の所得は上がらない?

 パスタやカップ麺、冷凍食品、電気・ガス料金など、身近なモノやサービスの値上げが相次ぐ一方、日本の平均賃金が低迷して韓国に抜かれ、経済協力開発機構(OECD)平均を大幅に下回っていることが、昨年来話題になっています。

 なぜ日本人の所得(≒賃金にある程度連動)が上がらないのでしょうか。筆者は経済学者ではないので、日本が数十年も国内総生産(GDP)がほぼ成長せず、諸外国と比べて一人負けになって、所得も上がらない本当の理由を、確信を持って述べることはできませんが、GDPは生産・支出と分配(所得のこと)が等価とのことですので(三面等価の原則)、人事制度を作る仕事もしている筆者の立場から、所得が上がらない理由を考えてみました。意外とシンプルな3つの理由と、1つの処方箋をご紹介します。

(1)低賃金でも採用できてしまう

 実は、私の意見はシンプルなのですが、企業が社員に高い給料を出さないのは、低い給料を提示しても、採用ができてしまうからです。企業もバカではないので、高い給料を提示しないと採用できないのであれば、好条件を提示します。

 逆に、低い給料でも採用できるのに、高い給料を出すところは、あまりありません。採用にも市場があり、市場原理、つまり需要と供給のバランスによって報酬が決まる、ある意味、ただそれだけのことです。

 もちろん、採用戦略という経営の一部分だけを見れば、「わが社は人材を重視するので、市場よりも高給を出します」という手もありますが、その分、コストは上がります。コスト高なのに人材が活躍せず、生産性が上がらなければ、利益は下がり、高給を出し続けることができなくなるかもしれません。だから、相場より高い給料を出すというカードを、簡単には切れないのです。

(2)安い労働力を供給する動き

 加えて、企業の「賃上げ競争」を妨げる動きがあります。それは、さまざまな安い労働力を日本に導き入れようとする動きです。本来、今の日本は構造的な少子化ですから、人手不足で、いわゆる「売り手市場」です。高度成長期やバブル期などは、この「売り手市場」を背景として、日本人の所得が上がっていきました。現在も、同じ人手不足の「売り手市場」なのですから、所得が上がってもおかしくありません。

 ところが、近年ここに、外国人労働者や非正規雇用者などが増加したことで(実際、2012年から2019年までで、300万人程度労働力人口が増えています)、人手不足の所得向上効果が打ち消されている可能性があります。コロナ禍で一時的な入国規制が続いていますが、大きな流れは変わらないでしょう。

(3)所得停滞と消費停滞の悪循環

 一方、支出面から見たGDPは、およそ6割が個人消費です。個人の所得が上がらなければ、個人消費が伸びるわけがありません。しかも、2019年10月に消費税増税も行われました。その結果、案の定、消費税率引き上げ直後の2019年10~12月の個人消費は、前期比マイナス2.8%(年率換算でマイナス10.6%)と大きく落ち込みました。

 個人消費が伸び悩むことによって支出が伸びなければ、それに対応する生産も拡大しません。生産が拡大しなければ、企業の売り上げは上がらず、結局、人々の所得の原資も増えないという悪循環が、延々と続くというわけです。

 さらに言えば、デフレとは、潜在的な供給力が実際の需要を超えているから、生じる現象です。供給よりも需要が大きいので、物価も上がりません(最近の食品などの値上がりは、原油価格高騰などによる「悪い物価上昇」です)。日本は現時点ではまだまだ需要が増加しても、それに見合った生産を行う力を保持しているというわけです。

「それならば、リストラなどをして生産力を調整すればよいのでは」と思うかもしれませんが、それは愚策だと思います。国力とは、とりもなおさず生産力=供給力です。お金は刷ればなんとでもなりますが、物やサービスの供給力は、そうはいきません。低需要を背景に投資を怠り、供給能力を下げることは、亡国の策だと思います。一度下がった供給能力は、簡単には上がらないからです。

 現代日本では、何か物やサービスを供給する際、もっともネックとなる資源は人材です(それを人手不足と呼びます)。供給力を需要に合わせて下げることが、「首切り」の意味でのリストラですが、それは、物やサービスを供給する人の経験の絶対量を減らすことであり、経験の絶対量が減れば、日本の働く人々の能力開発力は低減します。

 誰でも分かると思うのですが、人の能力は一朝一夕には開発できません。長い時間をかけて、いろいろな経験をして、振り返る学習を行って、ようやく能力は定着していきます。それなのに一時の需要低下に供給力を合わせていくというのは本末転倒ではないでしょうか。

この悪循環をどう断ち切るのか

 さて、個人所得の低下→個人消費の低下→企業の売り上げ低下→供給能力の低下→能力開発機会の減少→個人所得の低下という「地獄の悪循環」について考えてみました。他にも経済的要因はあると思いますが、筆者のような人事実務家が見渡せる範囲だけでも、今のデフレ状況が起こっている原因は、明白であるように思えます。

 なぜこれほど明白な地獄のサイクルが反転できないのか、政治経済的な理由は分かりませんが、普通に考えれば、先述のように、「人手不足→個人所得の向上」という流れが既にあるのですから、この波を利用するのが、自然だと思います(今はなぜか、あらがう動きが大勢ですが)。

つらい賃上げ競争の先に「果実」

 賃上げ競争は、経営者、人事としては、短期的にはつらいことなのですが(筆者も“一経営者としては”恐ろしいです)、社会全体のサイクルで見れば、結局は、回り回って需要が伸び、企業業績に跳ね返るのではないでしょうか。

 つまり、筆者は「安易に、安い労働力の供給を求めない」というのが、政策的なポイントであり、人手不足こそ、デフレ脱却、所得倍増(岸田文雄首相は、そう言っていたはずです)のチャンスだと思うのです。経営側にとっては「苦い薬」かもしれませんが、労働者側にとってはもちろん、実は経営側にとっても、「良薬」となるでしょう。

 いずれにせよ、日本人の所得が低いのは、少なくとも、日本人が不真面目なせいではありません。こんなに頑張っている日本人は、もっと所得が上がってよいはずです!

(人材研究所代表 曽和利光)

曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

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